僕が専務時代の1998年、住宅の業界誌に販売が低迷を続ける住友林業の体たらくを手ひどく批判されたことがあった。僕は担当外だったがこれを読んで怒りに体が震えるようであった。業界の「負け犬」呼ばわりなのだ。
僕は業界誌を3月の取締役会に持っていって「こんなことを書かれて悔しくないんですか。低迷の理由として1番目に、リーダーシップ不足と書いてある。まずは我々役員が猛反省し、早急に立て直しの対策をたて、実行に移すべきです」と訴えた。
すると5月1日付で住宅本部長の辞令が出た。なら君がやれとなったのだ。
辞令当日は早速、横浜の住宅展示場に行き、現場を激励した。しばらくして仙台に行ったときのことだ。新幹線から降りると現地の幹部以下がずらりと並んでホームで待っていた。それで言うには、今夜は宴席の用意があり、翌朝は朝礼の後、市内観光と展示場の視察をして、お土産に牛タンをもたせるという。
なんでそんなことをするのかと聞くと、全国の支店に本部長の接待マニュアルがあるそうだった。お客様の営業に費やすべきエネルギーを、社内のご機嫌とりに使って何になるのか。地酒、カラオケ、形だけの朝礼や視察、お土産など、即刻やめてもらった。
それ以降は予告していくのをやめ、抜き打ちでいきなり展示場に行くことにした。僕は本部長を務めた5月からの11カ月間、全国300カ所あまりの展示場をくまなく回った。僕はこの間、結果的に1日も休まなかった。神は現場に宿るというのが僕の考えだ。現場の話をじっくり聞き、ここを直してほしいという要望には即座に対応して、会社の仕組みに反映させた。
現場にも仕事のレベルを上げてもらった。気が付いたのは、最前線の展示場の営業が木を知らないことだった。住宅に使っている木の名前、樹齢、原産地はどこで、どんな特性があるのか。木造住宅の営業ならば当然持っているべき知識が欠けていた。
ポケットサイズの木の資料集を2種類作って配り、お客様の質問に即座に答えられるようにした。木だけでなく、モデルハウスに使っている住設機器やインテリアなども、きちんと説明できるようにしてもらった。お客様からすれば、インテリアも住友林業が説明すべきものなのだ。
現場力の底上げと並行し、CAD・CAM(コンピューターによる設計・製造)と、柱や梁(はり)など構造材のプレカット加工を連動させて、生産性の向上や工期の短縮、コストダウンを一気に進めた。精度と強度に優れた集成材の利用促進と原材料の安定供給のため、仕入れ先も拡大した。
アフターサービスにも手を打った。コールセンターを作り、当時、業界では初めての24時間、365日の対応を始めた。僕は家づくりは真心だと思うのだ。「天下・国家・社会・国民のため」という住友の事業精神は「私心を捨ててお客様に誠心誠意尽くす」という住友林業の家づくりの精神に通ずる。僕はこの精神をまとめた「真心」という冊子を作り、家づくりに携わる社員全員に徹底した。
これらの施策は住宅事業再生計画という文書にまとめて役員会で承認してもらい、まずは東京エリアで、3年以内に戸建て注文住宅ナンバーワンを目指すと旗を振った。分かりやすい目標を立てトップがそれにこだわり続ければ結果は出る。僕が社長になってからだったが、住友林業は初めて東京で戸建て注文住宅ナンバーワンになった。
(住友林業最高顧問)

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