一億総株主へ円安の試練

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO61872530Q2A620C2TCR000/

 

岸田文雄首相が、7月の参院選を前に打ち出した「新しい資本主義」の柱の一つに据えた。2千兆円の個人マネーに投資リスクを担ってもらい、企業はそのお金を使って成長する。「一億総株主」とも言われる政策だ。

ところが市場には、せっかくの構想に冷や水を浴びせるシナリオがくすぶる。個人マネーは日本を素通りして外国への投資に向かい、円売りに拍車がかかる。輸入に頼る石油の円建て価格が上昇して日本経済は苦境に陥る――。

マネーが外国に向かう背景は2つだ。まず国際分散投資。長期的に安定した運用成果を得るために、日本以外の資産を保有するのは健全な投資方法でもある。

問題は、日本企業が競争力を落とす結果、投資家が日本を避ける形で外国に向かう恐れがあることだ。なじみのある日本企業に魅力があれば、日本の投資家には「ホームバイアス」と呼ぶ国内志向が働く。外国マネーも日本に向かい、円売りに拍車はかからない。

世界的な大インフレ時代を迎え、企業は投資家に選ばれるために新たな戦いを始めている。「マージン(利益率)競争」だ。

エネルギーをはじめ商品価格の高騰で、原料も輸送費も膨らんだ。企業が逆境をはね返して利益率を拡大するには無駄な費用を削り、販売量を増やして製品当たりのコストを減らし、顧客が指名買いする製品を売って値上げを受け入れてもらわなければならない。

そんな競争に、「日本株式会社」は負けている。

日本、米国、欧州、アジアの株式時価総額上位1千社を対象に、今年1~3月のEBIT(利払い・税引き前損益)の売上高に対する比率が、インフレ懸念が強まる前である2020年の同じ期に比べて上昇した企業の割合を調べた。米国が67%、アジアが63%、ウクライナ発の衝撃にとりわけ苦しむ欧州すら60%に達したのに、日本は59%にとどまった。

劣勢は今後も続く。世界のアナリストによる22年の主要上場企業の業績予想を見ると、日本企業の利益率は8.4%と、21年より0.4ポイント上昇する。ところがアジアは4.3ポイント、欧州は3.2ポイント、米国は1.6ポイントもそれぞれ高め、日本は置いていかれる。

「貯蓄から投資へ」は証券会社の経営に大きな恩恵をもたらすが、その割に証券株に買いが入らない。円売り圧力という不都合な真実に気づき、機運がしぼむと市場は見透かしているのか。「株安だから」という理由だけでは片付かない薄気味悪さが漂う。