同社の社員数は1800人弱を数え、再開発プロジェクトで事業領域が多岐にわたるなか、社員に求められる役割も広がっている。ただし時代が変わっても仕事の基盤は人と人のつながりであり、「先輩の背中を見て学ぶ」手法は依然重みがあるという。菰田社長自身も用地取得などの現場を経てリーダーとしてのあり方を磨いてきた。
――リーダーとして心がけていることは何ですか。
「自分が思ったことを現場に早く伝えることです。色々言うのではなく、なるべくシンプルに表現するように心がけています。2012年ごろに建築コストを全面的に見直した時のことです。私は『いま発注している金額の1割増しで収支計算を立てて土地を買うように』と指示しました。建築コストが将来必ず上がると考えたからです」
「私は時には自分の考えを誇張して表現しないと伝わらないことがあると思っています。『1割増し』という目標もそうです。社内では『まだ建築コストは上がっていない』『1割増しにしたら土地が買えない』といった反対もありましたが、『1割増し』を実行しました。このときリスク管理を徹底したことで、今後オフィスビル市場が崩れ、低金利の局面が変わっても耐えられると思います」
――部下に対してどのように指示を出すかは、リーダーにとっての課題です。
「部下への接し方は、大学時代に母校の高校でバスケットボール部のコーチをしていたことが原体験としてありますね。バスケは試合の局面に応じて臨機応変に戦術を変えていく必要があります。自分の目指すスタイルを選手にどう伝えるかが重要です」
「例えば、疲れて姿勢が乱れてきた選手に、単に『腰を落とせ』『手を上げて守れ』と言っても伝わりません。『腰の高さを半分にしろ』『手を肩よりも上げて』などと具体的に指示しないと動いてくれないのです。時には『誇張して伝える』というやり方もコーチを通じて学びました」
――厳しい姿勢が反発を招くこともあります。
「再開発で土地代を上げたいという要望に対し、毅然として絶対に上げない姿勢を貫いたことがありました。公示地価が上がると地権者は土地代を上げてほしいと要望します。しかし完成後にオフィスビルの家賃が上げられるとは限りません。家賃が上げられなければ収益性が確保できず、結果的に地権者が不幸になります。重要なことは、物件がキャッシュフローを生むかどうかの判断です」
危機を成長のチャンスに
――人材育成の基本方針は何ですか。
「うちは現場で学ぶ職場内訓練(OJT)が多いと思います。先輩が後輩に教えるのが人材育成のメインフレーム(主流)です。私は結局、机上の空論よりも現場で様々な経験を積むことの方が大事だと考えています。そこで自分がどう行動するかを、自ら部下に背中を見せない限り、伝わらないと思っているのです」
――どのような現場体験が生きていますか。
「若手で福岡支店にいた時、4万坪に400戸程度の住宅向け用地を造る宅地造成を手掛けました。用地が出来上がり戸建て住宅の販売も始めようとした際、追加で許認可の手続きが必要なことが分かりました。いったんプロジェクトを止めて自治体と協議し、解決までどれくらい時間がかかるのか、会社としてどんな対応が取れるのかなどを担当者らと議論しました」
「わたしは当初、なぜこんな苦労をしなければならないのか、と落ち込みました。しかしパートナーだったゼネコンの部長に『菰田さん、こんな難しい案件を克服できたら自信になるよ』と言われ、気の持ちようが変わりました。『自分が成長するチャンスかもしれない』と前向きに考えられるようになったのです」
「最終的に許認可の問題が解決し、計画から半年~1年遅れで住宅販売にこぎ着けることができました。私がOJTでしか人材を育成できないと思う理由は、やはり生身の人間の感情や表情は、現場でなければ分からないからです」
――人と人とのつながりが仕事の基盤なのですね。
「私は福岡のほかに横浜支店でも用地取得を担当していました。最終的に会社として一つの土地を買うことが目的であっても、まずは現場に溶け込み、地権者との人間関係を構築しないとうまく行かないということを知りました」
花咲かずとも種をまく
「15年ほど前、後楽園駅前の大規模再開発『文京ガーデン』に携わりました。当時、住宅を手掛ける用地担当部長に就いており、ビル部門と複合開発を計画しました。再開発では地権者との一体感が大切です。現場に足を運び、地域のコミュニティーに受け入れられ、交流を密にすることが欠かせません。私も若い社員らと地域の餅つき大会などに参加しました」
「社内でも同じことです。様々な部署の社員とコミュニケーションを取らなければいけません。いくら良い土地を取得しても、チームワークが悪ければ納得のいく物件が出来上がらないのです。逆にうまく連携できた場合、出来上がった物件の価値は2倍や3倍になる可能性があります」
「とはいえ、そのような場面に全ての人が遭遇できるわけではありません。そこでOJTだけでなく、ビジネススクールのようにケーススタディーでマネジメントを学べるプログラムも用意しています。大学教授らが手掛けるリーダーの育成研修にも毎年社員を派遣しています」
――後継者の条件についてどう考えていますか。
「大きなビジョンを描いて部下に伝え、それを実行できることです。全体を見渡してリスク管理を行います。そして問題を先送りしないことも欠かせません。不動産業界は他の業界と比べて一つのプロジェクト期間が長く、色々と変動することが多いからです」
「時には利益が出ず、株価が下がると分かっていても、やらなければいけないこともあります。自分の時代に花が咲かなくとも、次の世代のために種をまく必要があります。自分の任期中だけが良ければいいと考えるような人は、社長には向かないと思います。継続性とイノベーションのバランスを取りつつ、多くの人を巻き込んでいける人が適任だと考えています」
(原欣宏)
父の影響で関心持つ
チャレンジ精神を尊重する社風に触れ、入社を決めてから40年以上がすぎた。「いまや街づくりでどれだけ社会貢献できるかが重要な時代になった。心地よい暮らしや働く場の提供を通じ、社会的価値を生み出す企業であり続けたい」

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