https://www.nikkei.com/article/DGKKZO61716230U2A610C2FFJ000
IT(情報技術)産業の振興や住宅不足の解消を掲げ、鉄道の相互乗り入れも計画。不動産大手は土地の取得や住宅建設に乗り出した。構想の裏には、中国政府が香港の重心を北寄りに動かし、本土との一体化を進める狙いが見え隠れする。
香港北部の上水駅からミニバスで20分。さらに山の中を10分ほど歩くと、深圳との境界が見渡せる高台に着く。のどかな湿地が広がる香港と、高層ビルが立ち並ぶ深圳は対照的な光景だ。この地で、香港政府が打ち出した「北部都会区」構想が動き始めている。
香港政府は同構想を2021年10月に打ち出した。香港は金融機関や政府庁舎が集まる香港島とビクトリア湾を挟んで向かい合う九竜半島、ランタオ島を含む新界地区で構成する。
香港政府はこのうち、湿地帯を含む深圳近隣の約300平方キロメートルの地域に、250万人が住める住宅92万6000戸を整備するほか、IT産業の集積を目指している。鉄道5本の新設・延伸、深圳との接続地点の拡大を計画。湿地帯近くにも鉄道新線や本土との検問所が設置される予定だ。
計画の始動をにらみ、大手不動産会社は地域の潜在性に注目するようになった。会徳豊地産は21年、遊休地を市場想定を上回る価格で落札。70億~80億香港ドル(約1200億~1400億円)かけて住宅建設を進める。
新鴻基地産発展も36の住宅棟を含む大規模な複合プロジェクトを構想する。いずれも鉄道敷設が計画されている地区だ。長江実業集団も将来の鉄道延伸を見据え、駅ができる予定の場所に住宅建設を進める。
不動産サービスのJLLによると、16~20年に新界西北などの住宅価格は29%上がり、九竜地区の上昇幅(25%)を上回った。「投資家は前倒しで動き始めるので、北部の価格が上がりやすくなる」という。不動産仲介大手の中原地産が算出する中古住宅価格指数も、新界地区は21年初めに比べてプラスで推移し、マイナスの香港島や九竜地区に比べて堅調だ。
香港の経済や政治の中心は香港島で、香港島から離れた北部は交通インフラなどの整備が遅れていた。付近は英国統治前から定住する人たちの子孫が特権を持つこともあり、開発から取り残されてきた事情もある。
ただ、香港は中心部の土地不足もあり、慢性的に住宅の需給バランスが崩れている。深圳が域内総生産(GDP)で香港を上回る逆転現象も、大規模開発を後押しした。
金融に依存する経済構造を見直す狙いもある。北部にイノベーションの拠点を設け、南部の金融とあわせて「ダンベルの形のように、2つの主要な経済エンジンを搭載する」(陳茂波・財政官)という。香港のコンサルティング会社アビスタ・グループは「政府の支援が期待でき、民間もインフラ向上や中国との関係から恩恵を受ける」と指摘する。
習近平(シー・ジンピン)指導部にとっては、別の思惑も絡む。習指導部は香港とマカオ、広東省を一体的な経済圏とみなす「大湾区」構想を掲げる。
今回の都会区構想でも香港から深圳の前海地区に乗り入れる鉄道や、香港と中国本土の出入境手続きを1カ所で済ませる検問所の新設などを通じて一体化を加速させる。中国から目が届きにくい香港島から重心を分散させ、大陸との融合を進める狙いがある。
一方、実現に向けた課題も多い。香港政府は住宅不足の解消に向けてランタオ島の近くに巨大な人工島を造成する構想も断念していない。北部都会区とあわせて巨額の建設資金をどう手当てするのかは詰まっていない。
シンクタンク本土研究社の黄肇鴻氏は「プロジェクトの期間が長すぎて、多くの変化が起きる可能性がある。香港を深圳支援の立場に置く露骨な動きだ」とみる。中原地産の黄良昇氏も鉄道の容量が人口拡大に追いついていないとして「単なる住宅建設ほどシンプルではない」と話す。
中国不動産大手の苦境も影を落とす。中国恒大集団が深圳との境界近くで計画していた高級住宅プロジェクトは、資金繰り悪化で債権者に差し押さえられた。佳兆業集団も21年末に新界地区で確保した土地を売却した。
新型コロナウイルスの規制で、香港と中国本土との往来は2年以上、制限されている。香港と広東省広州市を結ぶ高速鉄道や香港とマカオ、広東省珠海市をつなぐ海上橋もほとんど使われていない。巨大なインフラ整備だけが先行し、「大湾区」がかけ声倒れに終わる懸念もある。



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