https://www.nikkei.com/article/DGKKZO61657290T10C22A6CK8000/
広く起業家意識を育むことの意義について、武蔵大学の高橋徳行学長に寄稿してもらった。
今年を「スタートアップ創出元年」と政府が位置づけたこともあり、アントレプレナーシップ(起業活動)への関心が高まっている。
国際調査プロジェクト「グローバル・アントレプレナーシップ・モニター」によると、日本の起業活動の水準は米国に大きく水をあけられ、隣の韓国と比べても半分以下にとどまる。
しかし、日本は起業が難しい国ではない。起業を意識している人々の起業化率に着目すると、日本は先進国平均をはるかに上回り、米国よりも高い。1999年に中小企業基本法が改正され、起業を意識する人を対象とした政策が飛躍的に充実したからだ。
問題は、起業意識を持つ人の割合が圧倒的に低いことだ。そこに、起業家教育の大きな役割がある。
だが大きな壁がある。小学校でも大学でも、起業家教育と聞くと「うちの子に事業を始めてもらおうとは思わない」「私は大企業に勤めるつもり」「夢は公務員になること」など、途端に将来の職業に結び付けた話が始まってしまう。
小学校で音楽を教えたり、高校で世界史を学んだりしている時、音楽で生計を立てる人を育てているとは思わないし、歴史の専門家になるつもりで学んでいる人もほとんどいない。
起業家教育にも、意識がすでに形成され機会があれば起業したい、また何かシーズがあり、それを生かして起業したいという人を対象とした教育と、起業が人生の選択肢にも入っていない人を対象とする教育の2種類がある。
意識が形成され、そこからさらに起業家を目指している人には創業期独特の資金調達方法やマーケティングの知識が役立つ。一方、起業意識がない人に意識を育む教育では、社会や組織の課題を発見できる力、解決までの道のりを不確実性と向き合いながら進める力の育成の方が大切だ。
起業家教育は二段構えで進める必要があり、第1段階である起業意識を育む教育を充実させていきたい。
「発達障害児が学校を居場所と感じられるようにしたい」「私が海外で経験したようなつらい経験をしている在日外国人の悩みを解消したい」「デニムを生かして地元の観光を元気にしたい」――。毎年1月、「高校生ビジネスプラン・グランプリ」最終審査会がファイナリスト10組を集めて開催される。これらは、そのファイナリストが作ったビジネスプランの主題だ。
グランプリは若者の創業マインド向上を目的に日本政策金融公庫が2013年度から実施している。対象は全国の高校生と高等専門学校生(1~3年生)だ。
応募プラン件数などの推移を見ると、新型コロナウイルス禍の影響を受けた21年度も応募校は300校を超え、応募プラン件数も高い水準を維持している。
筆者は第6回大会から最終審査会の審査員長を務めているが、会場で発表を見ていると、日本の起業活動が先進国の平均を下回っているとか、起業意識のある人の割合が低いという調査結果が信じられなくなる。
ほとんどのチームのプランは自分が経験した課題や地域の課題解決から始まっている。「ビジネスを考えなさい」から始まるのではない。課題発見後は色々な人の話を聞いたり、小さな実験を積み重ねたりする。
例えば発達障害児の課題解決に取り組んだ高校生がいる。彼女は自身の体験をベースにしながら、保護者、教員、有識者、経営者との対話を通じて家庭では相談相手がいないこと、学校では教員との意思疎通に時間がかかること、教員によって支援レベルにばらつきがあり、情報が共有されていないことなどを学んだ。
そして、教員ら支援に関わる人々が情報を共有できる独自のアプリを提案した。外部環境に働きかけながら学び、その結果がビジネスプランになっている。
ここで改めて問い直したい。「あなたはビジネスを始めないかもしれないけれど、起業家教育を受けたいと思いませんか」
起業家教育のエッセンスが凝縮されているグランプリとはいえ、出場した生徒が行ったことや経験したことは、起業するときにだけ役立つことなのだろうか。決してそうではない。
大きな会社に勤めても、公務員になっても、課題を発見したり不確実な状況下で前に進んだりすることは必要になる。そもそも、先進国平均でも起業意識を持つ人は全体の7割を超えているが、実際に起業する人は1割弱にすぎない。
日本財団が22年に実施した「18歳意識調査」によると、「国や社会に役立つことをしたいと思う」などの項目で、日本は調査6カ国(日米英中韓印)の中で最低であり、日本の若者の社会課題への意識の低さが話題になった。これは起業意識を有する人の割合の低さと無関係とは思えない。
意識を育む起業家教育の真のねらいが再認識され、大学だけではなく各学校段階において、課題を発見する力、不確実な状況下でも前に進もうとする力が日本全体で育まれることを期待したい。教育現場でも起業家教育に取り組むところが増えているが、わが国の起業活動の水準は先進国の平均水準に達していない。その大きな要因の一つに、起業家教育が「経営者になるための教育」と短絡的に捉えられていることがある。

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