https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE12AFI0S2A510C2000000
路線価などに基づき申告した相続マンションの評価額を、国税当局が低すぎるとして独自に鑑定し追徴課税した処分について、最高裁は今年4月に適法との判決を出した。過度な不動産節税に警鐘を鳴らす司法判断といえる。今後の不動産投資や相続税対策などにどのような影響があるのか。最高裁判決のポイントを租税訴訟に詳しい山下貴税理士に聞いた。
――最高裁第3小法廷は4月19日、国税当局の処分を適法とし、相続人側の上告を棄却しました。訴訟では何が争点だったのでしょうか。
「相続税法22条は、相続財産は『時価』で評価すると規定する。ただ上場株などと違い、不動産の時価を評価するのは難しい。納税者にいちいち鑑定など個別評価を認めていては国税当局の現場も回らない。そのため国税庁は財産評価基本通達で路線価方式などの画一的な算定基準を定め、事実上すべての相続財産にその適用を強制している。言い換えれば『路線価などを使って時価を算定すればお互い楽だし、その結果が多少変でも国税当局は文句を言いません。逆に納税者が路線価以外の鑑定評価を持ってきても原則として認めません』という指針だ」
「ただし通達による評価が著しく不適当と認められる『特別の事情』がある場合、通達によらない方法で評価するという例外規定もある。訴訟ではどのような場合に特別の事情があるといえるのか、実勢価格と通達評価額の乖離(かいり)は特別の事情といえるのかなどが争点となった」
――判決ではどう判断されたのでしょうか。
「一般に路線価などは実勢価格よりも安い傾向にあり、不動産価格が急激に上昇すると両者の乖離が大きくなる。どの程度差があれば国税当局が問題視するのかが注目されてきた。これに対し最高裁は両者の乖離自体は『特別の事情』にあたらないと言い切った」
「最高裁が重視したのは租税法の平等原則で、路線価が『時価』の許容範囲内か否かの議論には踏み込まなかった。国税当局が通達による評価を事実上強制しておきながら、その評価額が安すぎるといって自らこれを反故にするのは筋違いだということだ」
「最高裁は合理的な理由があれば(個別評価という)特別扱いをしても平等原則に違反しないとした。その上で、通達による評価が『実質的な租税負担の公平』に反するというべき事情がある場合には、個別に評価する『合理的な理由』があるとした。非常にスッキリし、今後の実務がやりやすくなる」
――「合理的な理由」はどのように判断されたのでしょうか。
「租税負担の軽減も意図して本件不動産の購入、資金の借り入れをしたことが重視された。特に借り入れの部分が大きい。このようなケースで平等原則を貫けば、こうした行為をしないまたはできない他の納税者との間の『実質的な租税負担の公平』に反するとされた」
――節税対策のため不動産を購入し、借り入れをする人は多いのではないでしょうか。
「その対策が、同程度の財産状況にある人がよく行うようなものであれば問題ない。問題になるのは、大まかにいえば不動産投資として成立しないものだ。例えば借入利息や諸経費を差し引くと、満室が続いたとしても永久に黒字にならないような物件に手を出す投資家は通常いない。しかし、この物件を買うことで圧縮できる税金が累積赤字の額を大きく上回るから行うとしたら危険だ。要は購入・借り入れによって圧縮される税金を金融機関や不動産業者、納税者で山分けするような仕組みは許されないということだ」
――今回の判決を受け、不動産節税ではどのような点に注意する必要があるでしょうか。
「相続税を減らせる効果を除いても、客観的に経済合理性のある不動産投資として成立しているかが重要だ。そうであれば路線価などと実勢価格に大きな差があっても否認される可能性は極めて低い。万一否認されても争訟すれば勝てるだろう」
「またその不動産投資が(相続人の)子や孫の代まで長期的に相応の利回りが得られる根拠を有するものであれば、(被相続人が)高齢であっても気にする必要はない。ただし通達評価額を実勢価格が大きく上回る不動産は一般に値下がりリスクが高い。こうしたハイリスクの物件では経済合理性の立証が難しくなることに注意が必要だ」
――国税側が勝訴したことで今後、当局は「伝家の宝刀」と呼ばれる通達評価の否認規定を適用しやすくなりますか。
「刀を抜きやすくなるということはない。国税当局は路線価などと実勢価格の乖離を再評価の理由にできず、それ以外の合理的な理由の立証が必要になるからだ。とはいえ納税者が心配しなくていいわけではない。今後、金利上昇や建築費高騰などによるコスト増に家賃の値上げが追いつかなくなると、相続節税ありきの不動産投資のスキームが増えるおそれがある。経済情勢の観点からいえば刀を抜かれるリスクは低くない。経済合理性について事前にしっかり検討することが重要だ」
不動産売買で税対策に「伝家の宝刀」
今回問題になったのは不動産売買による相続税の節税対策だ。被相続人である父親は2009年1月、東京都内のマンションを8億3700万円で買い、金融機関などから6億3000万円を借り入れた。12月には神奈川県内のマンションを5億5000万円で購入、4億2500万円を借りた。
父親は12年に94歳で亡くなり、子がマンションを相続した。2棟の時価につき評価通達に定める路線価方式等に基づいて計3億3300万円と算定した上で銀行からの借り入れを差し引き、相続税をゼロと申告した。
国税当局は算定を認めず、独自の鑑定に基づき時価を12億7300万円とし3億3300万円を追徴課税した。相続人側がこの課税処分の取り消しを求め起こしたのが今回の訴訟だ。
国税当局が使った例外規定はどんな評価でも一転させる力をもつことから国税の「伝家の宝刀」とも呼ばれる。威力は大きく、国税側も使用には慎重だ。


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