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日本に「開拓社」はあるか

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO61467650W2A600C2TCR000/

政治家が市場に映る自らの姿を見て政策を磨く「政治と市場の対話」。この機能の強みは、政策の誤りに為政者自身が気づいて正さなければ手遅れになる中国の危うさと比べれば理解しやすい。

08年9月、リーマン危機下の米国は参考になる。公的資金で金融機関を救済するための「金融安定化法案」を議会が否決、株価は過去最大の暴落を演じた。議員は資産が目減りした人々の怒りに慌て、4日で法成立にこぎつけ、土壇場で景気底割れを回避した。

 

 

 

日本でも政治と市場の対話が始まったのは朗報だが、対話の力は米国にほど遠い。「有権者=株主」の構図が弱いからだ。米国は全世帯の半分が株や株式投資信託を保有しているのに、日本は20%台とみられている。日本の政治家が株価に無関心である一因だ。

日本のマネーは、なじみがあるはずの日本企業を素通りして米企業に向かってきた。リフィニティブ・リッパーによると、米国株に投資する日本籍の投資信託には21年、調査が可能な1998年以降で最大の3兆2千億円が流入した。日本株を対象とする投信に入ったのは2兆円弱と、20年の39%に落ち込んだ。

日本企業の弱点は、「競争は敗者のやること」に行きつく。米決済大手としてフィンテック市場を切り開いたペイパルの創業者、ピーター・ティール氏の金言だ。

イノベーションでオンリーワンの市場を開拓する。荒稼ぎした利益は研究開発に投じ、次のイノベーションを生む。利幅を薄める他社との消耗戦など愚の骨頂だ――。そんな皮肉を込めた。昭和からのお上頼みや他社にらみの風潮を引きずっている日本企業の経営者にとって、耳の痛い一言だ。

株式市場も、開拓する企業を選んできた。例えばエレクトロニクス業界。ソニーグループは5割の世界シェアを握る画像センサーを、村田製作所は4割のシェアを握る積層セラミックコンデンサーを育てて株式時価総額の序列最上位にいる。

積極性が抜きんでていたのは、エアコン大手のダイキン工業や産業スイッチ大手のIDECなど上場37社。

もたついていると、日本企業の競争力は落ちる一方だ。M&A(合併・買収)を見ると、外国からの日本企業の買い手は19年以降、投資会社が事業会社を上回る。

投資会社は割安な企業を買い、価値を高めて利益を出すが、事業会社は自社の戦略に欠かせない事業を探して買う。「日本企業にしかない技術や製品が減っている」。米投資銀行の幹部は、外国の事業会社が日本企業への関心を落とした理由を説明する。他社にマネができないオンリーワンの開拓は、魅力を高めるために急務だ。

金融所得課税に代わり、岸田首相がシティーの講演や新しい資本主義構想で強調したのが「貯蓄から投資」だ。株主が増えるほど政治と市場の対話は進む。日本経済が巻き返すカギは、株を発行する企業の開拓精神が握っている。