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「公式暗記」偏重、弊害大きく 算数指導に見える課題 芳沢光雄・桜美林大学教授

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO61462360W2A600C2CK8000/

 

最近感じている変化がある。講義の導入部で数学的だが誰もが試行錯誤で解ける問題を出すと、昔は「いま考えているから答えは言わないでください」と学生が怒る場面があった。

 

現在では、ものの1分も経たないうちに「答えの導き方を教えてください」と質問する学生が目に付く。似た傾向は他の学問分野でも見られるようだ。私はその根源に小学校の算数指導が公式の暗記に偏っていることがあると見ている。

代表例の一つが「はじきの図」だ。速さ(は)・時間(じ)・距離(き)の関係を図にしたもので、小学校や塾で使われている。

大学の同僚でゼミ生を選ぶ試験で数学基礎力テストを毎回課した教員がいた。時間・距離・速さに関する算数の問題も出しているのだが、信じがたい誤答が必ずある。一緒に答案をチェックして驚いたことには、間違い答案に限ってはじきの図が描いてあった。

誤答は図を書いたが3つの要素の関係式を正しく思い出せず、3つの意味を確かめないで、間違って適用したことが原因だった。

ほかに「く(比べられる量)・も(もとにする量)・わ(割合)」なる図もある。こちらの誤答例としては「2億円は50億円の何%か」という質問に「25%」という答えがよくある。

これに正解できても「生産量が現在から見て、1年後に2割増え、1年後に対して2年後は1割増える。現在から見て2年後は何%増えることになるか」と質問すると「30%」という答えが目立つ。正解は32%だ。

消費税8%の食品の税込み価格が定価の1.08倍になる意味の説明に戸惑う若者も少なくない。企業の人事担当者は、この3題を就職活動中の文系学生に質問してみてほしい。私の危機感が伝わるはずだ。

 

 

実は、この種の問題は理系の大学でも起きており、ある理系大学の教員向け研修で対策などについて話したこともある。小中高校にも問題意識はあり、一昨年には某県の教員対象の講演会に招かれた。「暗記だけでなく理解を大切に」という良いテーマだったが、新型コロナウイルス禍で中止になってしまった。

現在の勤務校では本格的な数学に加え、基礎的な算数・数学の発想を説明する授業も担当している。「小学校の算数ではやり方の暗記だけで学ばされた。理解できるように説明してもらったのは初めてで、そのプロセスの部分が面白く思った」。そんな学生の感想に出合うこともしばしばだ。

なぜ、こうなってしまったのか。キーワードは「分かりやすい説明」である。元来、算数・数学ではプロセスを理解することを意味していたが、現在では「やり方を覚えやすい」に変質してしまった面がある。

後者の方が説明する側も説明を聞く側も時間的に早い。それは、公式を単に覚えてまねするだけの方が簡単なことからも理解できるだろう。

もちろん、暗記から入ってプロセスの理解に戻る指導・学習は良い。しかし、暗記だけで終わってしまう学びが目立つのだ。

2012年度の全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)では「赤いテープの長さは120センチで、白いテープの長さの0.6倍」であることを示す図を選ばせる4択問題が出た。正解率はたったの34.3%である。学びが暗記だけで終わる実情が放置されているのではないだろうか。

 

 

背景には、プロセスまで理解させる指導ができる算数教員が不足していることもある。文部科学省は中学や高校の数学教員が小学校の算数授業を担当できる特例を設けるなどの対策を講じている。

歴史を学ぶ際、年表だけを頭に入れるようにある時点での出来事を輪切りにして覚えても、大した意味はないだろう。長い時間の流れの中で大きな変化・変革を引き起こした鍵となる本質的な問題が必ずある。それを理解することが歴史の教訓を学ぶことになる。

数学の学びも同じで、公式の結論だけ覚えてもさほど意味はない。公式を導く証明には、証明を完成させるための鍵となる本質的な部分が必ずある。それを理解することが学びの「楽しさ」であり、鍵にある発想こそが他の面にも効果的に「応用」できるのだ。

人工知能(AI)に用いる機械学習やデータサイエンスなどの関係から、最近では微分積分や線形代数などの大学数学を学ぶことの必要性が注目されるようになってきた。それ自体は歓迎したいが、プロセスの理解は省略して「やり方」の暗記を優先する学び方が大学数学にも浸透してきた感がある。これは日本の将来に関わる問題だ。

確かに、大学レベルの数学となると何もかも理解して先に進む学びには無理がある。しかし、プロセスをなるべく理解して進む方が間違いなくプラスである。

筆者は数学と数学教育の両方で大学教員人生を送ってきた。その締めくくりとして、今年度は大学数学の「入り口」の部分についてプロセスの理解を大切にした学び方を示す活動に力を入れたいと考えている。