https://www.nikkei.com/article/DGKKZO61397770T00C22A6TY5000/
障壁は身近なロールモデルの不在や「女性は理系が苦手」などの周囲の無意識の偏見だ。こうした流れを打開しSTEM分野を女子中高生の進路の選択肢にいれてほしいと、目標となるロールモデルの紹介や、理系分野を学ぶ意義などを伝える活動が広がってきている。
「両親に研究者は給与が少ないのではと心配された」「結婚や子育てなどライフプランはどう考えましたか」。大型連休中の5月初旬、開催されたオンラインイベントに50人ほどの中高生が集まり、投げかけられた不安や疑問に女性研究者が答えた。
企画したPath to Science for Girls(PSG)はオンラインイベントを通して理系分野で活躍する女性研究者や彼女たちがどのように研究をしているかなどを紹介する団体だ。女子中高生に研究者として働く将来をイメージしてもらい、理系分野への進学者を増やすことを目的とする。オンラインイベントに参加した中高生からは「研究者に対するイメージが変わった」などの感想が聞かれた。
内閣府が公立中学校の2年生を対象に行った調査では、特に母親の学歴等が進路選択に影響することがわかった。女性保護者の最終学歴が文系の場合、女子生徒の進路意向は「理系」「どちらかといえば理系」が約22%だった一方、母親が理系の場合は「理系」「どちらかといえば理系」が約42%と、20ポイントもの違いがあった。身近なロールモデルの有無が女子生徒の進路に影響を及ぼすと考えられる。
とはいえ理系出身の母親自体が少ないのも現実だ。PSG副代表のグレーヴァ香子さんは「中高生に理系で活躍するロールモデルや、一緒に研究をする仲間がいることを知ってもらいたい」と話す。
経済協力開発機構(OECD)によると、2019年に日本で大学などの高等教育機関に進学した学生のうちSTEM分野に入学した女性の割合は、自然科学(27%)と工学(16%)の2分野で、比較可能な加盟国36カ国中、最低だった。
性別によって理系・文系などの知識配分の差があることそのものが、社会にとっても問題となり得る。教育社会学者でジェンダーに詳しい山形大学の河野銀子教授は「科学技術が人々の暮らしを支える現代社会では、研究開発に多様な視点や意見が取り入れられる必要がある。女性が研究に関わることで新しいイノベーションが生まれる可能性が広がる」と指摘する。
ロールモデルの少なさのほかに、女子中高生の身近に潜む無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)の存在が課題として指摘される。幼少期の頃から学校や家庭、メディアなどにより「研究者になる人は男性」「女性は理系科目が苦手」というような偏った価値観にさらされることが進路にも影響を与える。
一般社団法人Waffle(東京・渋谷)では女子やジェンダーマイノリティーの中高生を対象にアプリコンテストを開催するなど、IT分野に触れる機会を提供する。アンコンシャス・バイアスにとらわれず進路を選択できるよう後押しすることが狙いだ。
都内に住む寺門美緒さん(19)も高校生の時にWaffleのイベントに参加した。プログラミングに興味を持ったのは、中学生のとき母に勧められた講座がきっかけだったという。「両親とも文系だが『理系は女性にむかない』というようなプレッシャーは全くなく、興味を後押ししてくれた」と話す。現在は理系学部の1年生で、大学院への進学を希望している。
家族で博物館に行くなど「理系体験」を積極的にさせるかかわり方は、女子生徒が理系に抱くイメージに影響を与える可能性があるとの調査もある。いかに機会を捻出するかも、教育現場の課題となっている。
一方で、受け入れ側も対応が急がれる。総務省の調査では、20年度の日本の科学技術分野での女性研究者比率は17.5%。男性研究者の比率との差は大きい。
「多数派の男性のキャリアが研究者のスタンダードとなっており、出産などを機にキャリアが途絶えてしまう女性研究者も多い」(河野教授)という。一度研究者を辞めた女性たちが「特任」という名の下、非正規のような形で研究の現場で働き、雇用に不安を抱えている場合も多いという。
「女性研究者たちが内部から変革していくのは限度がある。国がさらにリアルな女性の声を聞いて推進していくべきだ」という河野教授の指摘は、研究者に限らず、企業の研究所やIT産業など、男性が多い理系人材の働き口に共通の課題でもある。


コメントをお書きください