今春、東京工業大学の新入生に行った講演をもとに、全国の若者にもヒントになりそうな話題を取り上げます。東工大では新入生に「君たちはなぜ学ぶのか」と問いかけます。学ぶ力を鍛え続けることは、長い人生を生きるうえでも大事なことだと考えています。一緒に考えてみましょう。
およそ1千人の新入生が入学直後に参加するのが「東工大立志プロジェクト」です。教養教育の入口にあたる科目です。新入生はオンラインを利用して複数の有識者、専門家の講演を聞いた後、オンライン上で少人数のグループに分かれ、学んだことや気づいたことを出し合います。
今年も講演のトップバッターを私が務めました。テーマは「自ら問いを立てる」です。大学では教授の話を聞いて納得するのではなく、「本当にそうなのだろうか」と考え直してみる。自ら考える姿勢、判断する力が求められています。
この取り組みは2016年度、教養教育改革の一環として始まりました。担当するリベラルアーツ研究教育院には政治、社会、文化、芸術など多数の教員が所属しています。東工大は第2次世界大戦後、日本の復興に向けて大学の役割を再考し、教養教育に力を入れてきました。その流れをくむ試みなのです。
立志プロジェクトには育った環境も専攻も異なる新入生どうしが語り合うことに意味があります。自分と異なる相手の考え、価値観を知るきっかけになるからです。自らの考え、意識を言葉にすることで、頭の中を整理することができます。自分の考えに改めて気づける効果もあります。
新入生がこのプロジェクトに参加して、現代社会の課題を知るという狙いもあります。それらのテーマはすぐには答えの出ない問題ばかりかもしれません。あらかじめ用意された選択肢から答えを選ぶこととはまったく異なる体験なのです。
時間がかかってでも、面倒だなと感じても、答えのない課題を考え抜く経験を積んでほしいのです。自ら判断する力を鍛えることで、「なぜだろう」「本当だろうか」と疑う姿勢を身につけることができます。デマやフェイクニュースと呼ばれる情報に出くわしても、簡単にうのみにしない力を養うことができると考えています。
高校までは文部科学省の学習指導要領に沿って、基礎学力を養うことに重点が置かれてきました。しかし大学では自ら学びのテーマを選び、その「解」を探し求めなくてはなりません。大学では生徒ではなく、学生と呼ばれます。「自ら学ぶ者」という意味です。だからこそ「自ら問いを立てる」ということの大事さを訴えてきたのです。
この後、東工大の新入生は課題図書として示されたさまざまなジャンルから書籍を選び、書評にまとめます。書評というのは読書感想文とは異なります。読み手にも書籍の魅力を理解してもらえるように執筆しなくてはなりません。これも自分の言葉で伝える力を高める一環です。
ちなみに、私は大学4年間での読書目標は200冊と助言しています。読書で新しい知識を得ること、知らなかった世界に目を向けることによって、視野を広げる効果があります。全国の若者には、仲間との議論や読書の機会を大切にしてほしいと思います。学ぶことに終わりはありません。
次回は「歴史から未来を考える」をテーマにします。
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