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インフレはなぜ怖いのか お金の価値が目減り/民主制衰弱の恐れも

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO61451150V00C22A6TCL000/

 

コロナ禍にロシアのウクライナ侵攻が重なって、エネルギー価格などが急ピッチで上がったためだ。長年、物価が上がらなかった日本でも懸念が広がる。どんな影響があるのか。

一般に、経済取引が活発だと、物価は次第に上がる傾向がある。これがインフレで、逆に、経済が停滞して持続的に物価が下がるのがデフレーションだ。日本では、1990年代からデフレ状態が続いてきた。

なぜ怖いか。インフレが進むと、現金や預貯金などの価値が目減りして、生活を脅かす。穏やかな上昇は経済成長も促すが、激化すると簡単には収まらない。抑えるためには、緊縮策によるデフレ・不況、失業の増加など高いコストを払うことが多い。日本経済は、明治以降、インフレとデフレを繰りかえしてきた。

米経済記者シルヴィア・ナサーは、インフレが警戒される理由を著書で説明する。「既存の富をでたらめに再配分し、ある市民の集団を別の集団と対立させ、最終的に民主制を衰弱させるからである」(『大いなる探求』徳川家広訳)。

敗戦後、日本を襲ったのも超インフレだった。政府は戦費の支払いなどで日銀券を乱発した。ふくれ上がったお金が不足するモノに集中して高騰。46年の食用農産物の物価は前年の5倍近くになり、衣類と食料の交換などが日常となった。

自分もお金と同様、無価値になった不安、無秩序が人びとの心をむしばむ。この心情を作家、三島由紀夫が書いている。当時、大蔵省銀行局の事務官だった体験がもとになっている。

短編『鍵のかかる部屋』では「破壊的なインフレーションが必ず来る」街や政界の動きを描写。主人公はインフレ対策会議でメモを取り、「人間生活を究極のところで支配」する日本銀行の建物が「インフレーション」とくり返しつぶやくのを耳にする。

世界経済の動きも影響する。60~70年代、世界的にインフレが進行した。食料危機、石油危機も加わり、74年の消費者物価は、前年比で20%を超えて上がり、「狂乱物価」と呼ばれた。

政府、企業、市民はどう動いたか。ノンフィクション作家、柳田邦男著『狼がやってきた日』が検証している。「経済も社会も台所も」石油なしでは立ちゆかない日本の危機対応力に疑問符をつけた。

買いだめ騒ぎも起きたことで、石油危機が原因と思いがちだ。だが、真犯人はお金の供給過剰だった。71年の「ニクソン・ショック」が招いた円高不況を避けるため、大幅な金融緩和が続いた。それが「過剰流動性インフレ」を引き起こし、「列島改造ブーム」が拍車をかけた(内野達郎著『戦後日本経済史』)。

沈静化のための引き締めが不況を招き、74年は戦後初のマイナス成長となった。戦後インフレ同様、対策の遅れが不安を広げた。

後手に回りがちな原因の一つは、物価指数の"遅れ"にあるのではないか。渡辺努・東大教授が『物価とは何か』で指摘している。消費行動を適切につかんでいない可能性があるという。

ビッグデータを活用した新しい指数を使い、時々刻々の物価の動きをつかめるようになれば的確な判断につながる。近い将来、「インフレもデフレもない安定した社会」が実現できるはずだと提言している。

 

 【さらにオススメの3冊】
(1)『お金の改革論』(ケインズ、山形浩生訳)…物価安定を考える。
(2)『マネーの進化史』(ニーアル・ファーガソン、仙名紀訳)…お金が紙くずになると、何が起きる。
(3)『歴代日本銀行総裁論』(吉野俊彦)…「通貨の番人」は危機にどう対応したか。