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がんの収入減に備える まず貯蓄、長期化は保険で

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB243ZE0U2A520C2000000

 

近年は医療の進歩などで生存率が上がり「死の病」から「長く付き合う病」へと変わりつつある。がんで長く治療を受けるようになると費用が膨らみやすく収入が減るケースも多い。いざというときに利用できる制度を確認し、必要な備えをしておきたい。

 

国立がん研究センターの統計によると、がん患者の多くは高齢者。しかし、働く人が多い20~64歳も約25%を占める。厚生労働省の推計では、仕事を持ちながらがんで通院する人は44.8万人(2019年、70歳以上も含む)。10年から4割近く増えている。

東京都の調査では、働くがん患者で収入が「減った」ケースは少なくない。患者本人で約半分、世帯全体でも3分の1に上った(がん患者の就労等に関する実態調査)。夫婦でどちらかががんになれば、配偶者も看病などで就労が制限されやすいためとみられる。

ファイナンシャルプランナー(FP)の黒田尚子氏は「普段から初年度の治療費100万円と生活費3~6カ月分の預貯金を用意しておきたい」と話す。がんと診断されても、すぐに公的な制度を利用できなかったり、手続きに時間がかかったりすることがある。数カ月間治療に専念できる蓄えがあれば、診断直後の不安を減らせる。独身者よりも家族がいる人、会社員よりも自営業者、住宅ローンがない人よりもある人は、金額を多くした方が無難だろう。

公的な制度には「負担を減らす」と「収入を補塡する」の2つがある。前者の代表例が高額療養費制度で、後者が傷病手当金や障害年金など。

高額療養費制度は1カ月あたりの医療費の自己負担額に上限を設けるもので、その人の収入により上限額が変わる。上限に達する月がたびたびあれば、上限額を下げるルールもある。

傷病手当金は会社員や公務員らが対象で、病気などで働けなくなった日の4日目から月収の3分の2に相当する額を支給する。以前の支給期間は開始日から1年6カ月だったが、今年1月から通算で1年6カ月に変わった。いったん仕事に復帰した後、再び休むようなケースでも不利にならない。

傷病手当金の後は障害年金が選択肢になる。障害年金は原則、初診日から1年6カ月(障害認定日)たっても障害状態が続く場合に請求する。自営業者らが対象となる障害基礎年金の受給額は1級が年97万2250円で2級が同77万7800円(22年度)。会社員などが対象の障害厚生年金は1級から3級まであり、金額は働いた期間やそのときの月収で変わる。

ただ、障害年金の受給者のうちがんを理由とするケースは全体の1%にとどまる。その中で最も多い障害厚生年金の3級の場合、最低保障額は年58万3400円となっており、「一般に傷病手当金より少ない」(社労士の近藤氏)点には気を付けたい。

60代なら老齢年金を本来の65歳から繰り上げて受給を始め、収入を確保するのも手だ。この方法では年金額は65歳からの受給より下がり、その水準が生涯続くというデメリットもある。

傷病手当金や障害年金を受給できても、一般に金額はがんになる前の収入より少ない。「収入が減った分は貯蓄や保険で賄う必要がある」(FPの黒田氏)。特に公的な保障が薄い自営業者は、備えが欠かせない。貯蓄以外の備えの一つががん保険。治療費などの支出増に対応するのが主目的だが、収入減もカバーできる。主にがんと診断されたときに一定額を給付する「一時金タイプ」は当面の生活費などに充てることができる。治療の度に給付金を出す「都度給付タイプ」は長く通院で治療するようなケースで役立つ。

長期間働けなくなったときに10万円など決まった額の給付金を毎月受け取る就業不能保険もある。10年から就業不能保険を販売するライフネット生命保険では加入は20~40代が中心。「21年度の給付金支払いは420件で3割弱ががん。支払期間が1年半以上になった事例もある」という。

注意点は60日や180日などの免責期間があり、原則としてすぐに給付金が出ないこと。また給付の条件が「入院」「在宅療養」「障害等級1級か2級」など、がん保険などに比べてハードルが高いとの指摘もある。FPの加藤梨里氏は就業不能保険について「がん保険や医療保険とは別に、収入減が長期化した備えとして検討したい」と話している。

団信で住宅ローン完済も

住宅ローンの契約者が返済の途中で亡くなった場合、団体信用生命保険(団信)に加入していれば、以後のローン残高はゼロになる。同じように契約者ががんと診断されたら残高がゼロになる「がん団信」がある。団信の特約の一種だ。治療が終わり、働けるようになっても返済する必要はなく、収入減に備える効果は大きい。夫婦で住宅ローンを利用し、一方ががんと診断されたら残高がゼロになる「連生がん団信」もある。

特約を付けると、住宅ローン金利が0.1~0.3%上乗せされることが多い。例えば住宅ローン3000万円を期間35年、金利0.5%で借りたとする。通常の団信で月々の返済額が7万7875円の場合、上乗せ金利が0.1%のがん団信だと、月々の返済額は1333円多い7万9208円になる。

住宅ローンの契約時は金利を重視するケースが多い。ただ「後からがん団信に切り替えたいと思っても原則としてできない。契約時には慎重に選びたい」(FPの加藤氏)。住宅ローンを借り換えるときには新たに団信に加入できる。がん団信をはじめ、がんの保障(3大疾病保障や8大疾病保障を含む)を付ける人は増えており、カーディフ生命保険の調査によると、21年は住宅ローン利用者の約40%となっている。