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AIに頼る値付けの不条理

英国でサッカーのサポーターが地元チームを応援するため、試合のあるロンドンのウェンブリー競技場へ行こうとして一瞬、思いとどまった。自宅のある北部サンダーランド―ロンドン間は列車で往復260ポンド(約4万1000円)もかかる。だが、もっと安い方法を見つけた。格安航空を利用してスペインのメノルカ島へ飛び、翌日の便でロンドンに入る。観戦後は自宅まで誰かの車に乗せてもらえばいいのだ。

この話は需要予測に応じた最適価格を人工知能(AI)が算出する「ダイナミックプライシング」が不条理を生み出し得ることを示す。今や大半の鉄道・航空会社が導入するシステムだ。

消費者の関心が物価高騰に集まるなか、このアルゴリズムによる価格設定に規制当局はもっと目を光らせる必要がある。一部の消費者が不利になったり、企業の暗黙の価格協定を助長し、全体的な価格上昇を招いたりすることが様々な研究で明らかになっている。

むろん良い面はある。イスラエルの企業クイックリザードは過去のデータや在庫状況、原価構成に他社の価格や経済指標、天候などを加えて自動的に価格を決めるサービスを提供する。小売業では標準的に最終利益が7~10%増えることが多いという。もっとも共同設立者のヨシ・コーエン氏は、消費者が価格比較サイトを見て最も安い商品を見つけられるようになったとして「オンライン商取引では業者より消費者が有利になった」と話す。

直感的には、オンライン業者がライバル企業の値下げを感知して自動的に価格を変えられれば競争が促されるように思える。ところが米ハーバード・ビジネス・スクールのアレクサンダー・マッケイ助教が執筆に関わった論文は2つとも反対の結論を引き出した。

企業が高度な価格設定AIを使って他社の値下げに瞬時に追随すると、やがて価格が上がることがわかった。優れた価格設定技術を持たない相手企業には値下げする動機がないためだ。

独禁法当局の注意を引くようなあからさまな価格カルテルは見られないにしても、価格を変動させることで競争が抑えられる可能性がある。抜け目がなく時間に余裕のある消費者なら色々な店を比べてタイムセールやキャンペーンをうまく利用できるかもしれないが、そんな人ばかりではない。

オンライン市場を規制することは目まいがするほど複雑だ。顧客に合わせて価格を変えられるため、商品は同じでも同じ価格を見ている人は二人といない可能性がある。米アマゾン・ドット・コムはすべての商品で合わせて1日250万回価格を見直している。

経験則では一律の価格統制はうまくいかない。マッケイ氏らは論文で2つの解決策を提案した。オンライン業者が価格変更する頻度を制限することと、価格設定のアルゴリズムに他社の価格を含めるのを禁じることだ。いずれの案も競争を促進し、暗黙の価格申し合わせを阻止できるとみられる。

規制当局がこうした介入をしなければ、消費者は自分の機知だけに頼って安い商品を探さなければならない。問題はわれわれ全員がサンダーランドのサポーターのような創意にあふれているわけではないことだ。