https://www.nikkei.com/article/DGKKZO61184280X20C22A5TCT000/
「あたり前のことをいうようだが、出生率が死亡率を上回るような変化がないかぎり日本はいずれ存在しなくなるだろう。これは世界にとって大きな損失となろう」
シリコンバレー発でこれを報じた日経電子版の記事は、この週に読まれた記事のランキング首位だった。ツイートのきっかけは、1年間に総人口が64万4千人減ったという人口統計のニュースだ。共同通信が英語で配信した。1億2500万人あまりが暮らす国について、この統計だけで「存在しなくなる」と述べるのは飛躍があると思うかもしれない。だが死亡が出生より多ければ、日本の消滅が避けられないのは事実である。
日本消滅の可能性は当時、内閣府の有識者会議でも取り上げられた。小泉純一郎首相は少子化対策に傾注した。端午の節句を控えた05年4月、官邸前庭で泳ぐこいのぼりを見上げた首相は、子ゴイが1尾しかいないのに気づき「1人はまずい。3人は産んでもらわないと」とつぶやいた。官邸職員は慌てて子ゴイを増やしていた。
それ以前の少子化の背景には、産みたいけれども子育て環境が十分に整っていないなどの理由で出産をためらう若い夫婦の存在があった。だが10年代半ばを境に、産みたいという意欲そのものが下がりはじめた。これは、待機児童を減らそうと保育園を増やしたり、父親にも育児休業の取得を奨励したりする、従来の少子化対策の効きが鈍ってきたことを意味しよう。
対策のバージョンアップが必要だ。出産意欲減退の背景には、さまざまな要因がからんでいるとみられるが、はっきりしているのは若い世代の就労・収入環境の悪化だ。現在40代後半の大卒男性の平均実質年収は、10年上の世代が40代後半だったときよりも約150万円少ない。さらに世代が若返れば実質年収はもっと低くなる傾向がある。
これを映してか、男が結婚相手の条件として考慮・重視する項目のうち「経済力」をあげた割合は、1992年の27%から15年に42%へ上昇した(社人研調査)。藤波氏は「男女問わず若者が結婚をイメージしにくくなり、子供をもつことへの一種の諦めが広がっているのでは」とみる。
日本は戦後の1947~49年の第1次ベビーブーム期、毎年270万人程度が生を受けた。団塊の世代だ。ベビーブームに陰りが出たきっかけの一つが、49年に議員立法で改正された優生保護法(今の母体保護法)によって経済的な理由による人工妊娠中絶が合法化されたことだった。
産むのはやめようという個人の価値観を無理に変えさせるのは乱暴だ。しかし若い世代の困窮が命の誕生に対する諦めを誘っているなら、それを取り除くのが政治の責任である。マスク氏のツイートを日本の指導層のどれだけが真っ向から受け止めたか。
出生減に歯止めをかけ、反転させるには、真に効く対策を練り直し、計画的に実行する長期思考が不可欠だ。まずは若者を取り巻く経済環境を好転させることである。

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