https://www.nikkei.com/article/DGKKZO61015460S2A520C2TL5000/
労働経済学者の研究では不当解雇の解決金も国際的にみて高くない。解雇をめぐる議論は、なぜ混線してしまったのか。
日本では、どんな場合に正社員を解雇できるのか労働法に具体的に書かれていない。解雇権の乱用は許されないという「解雇権乱用法理」の個別事例が判例で積み上げられてきただけだ。
「解雇権乱用法理の適用を受けず、休職期間満了で雇用契約を終了させることは許されない」
メンタル疾患からの復職を不当に拒まれたとする男性が会社を訴えた裁判で、横浜地裁は21年12月、原告の従業員としての地位を確認する判決を出した。
この法理は裁判官の裁量の余地が大きく、経営側には「予見可能性が乏しい」との不満がある。
解雇は社員の生活を脅かすとみなされ、「裁判所は配置転換や再教育を重視し、解雇を認めない判断を重ねた」(濱口氏)。解雇権乱用法理はメンバーシップ型の大企業にとって「自縄自縛の面がある」(同)といえる。
法理は04年の労働基準法改正で初めて法律の条文になったが、「合理的な理由がなく、社会通念に反する解雇は無効」という原則にとどまる。実務上の線引きはなお見えず、経営側からみれば解雇規制の厳しさと映りがちだ。
企業別労働組合との労使協調は雇用の維持が大前提だけに、経営不振の集団解雇は「禁じ手」になった。78年、オイルショック後の不況で300人近くを指名解雇した沖電気工業の労使紛争は一部が裁判に発展し、和解まで8年余りかかった。2000年代以降も大手スーパー西友がちらつかせた退職勧奨に労組が強く反発するなど基本構図は変わらない。
中小では日常的 年4500件「解決金」
一方、メンバーシップ型ではない中小零細企業では解雇は日常的だ。年間4500件ほどが労働局のあっせんや裁判所の労働審判に持ち込まれ、ほとんどが「解決金」の支払いで終結する。結果が見通せない裁判には発展しにくい。
「ユーアー・ファイアード!(おまえはクビだ!)」。トランプ前大統領がテレビ司会者だったころの決めぜりふは米国の解雇の日常性を物語る。先進国でほぼ唯一、解雇が原則自由で解決金も要らない。IT(情報技術)産業の成長イメージも重なり、00~10年代初めの日本では米国並みの規制緩和を求める論調もあった。
OECDは日本の不当解雇の補償が「20年勤務で月収の6カ月分」と認定。裁判外の和解が多く、復職がまれであることも反映された。評価方法がやや異なる前回13年調査でも日本の順位は同程度で、安倍晋三首相(当時)は16年、国会に「日本はOECD加盟国において雇用保護が比較的弱い国として位置づけられていると考える」との答弁書を出している。
労働経済学者の研究も進んだ。一橋大学の神林龍教授と中央大学の江口匡太教授らが東京地裁の解雇裁判を調査したところ、和解金の中央値は紛争期間1カ月につき月給の0.48カ月分だった。後続の調査と併せて経営側にとって「厳しい水準とはいえないことが実証できた」

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