https://www.nikkei.com/article/DGKKZO61006750R20C22A5US0000/
この決断の背景に、現在の世界を取り巻く厳しい社会環境があることは否定しません。大いに悩み苦しみましたが、ベンチャー的な企業カルチャーから、経営基盤の整った大きな資本のもとで次の成長を目指すべきだ、という思いに至りました。経営者の責任として社員の将来、安心と安全、安定の確保は絶対です。
会社の事情とは別に、個人的に僕自身が変わりたい、と考えるようになったのも大きな理由です。そんな心境の変化が芽生えたきっかけは、やはりコロナ禍と東京五輪・パラリンピックでした。
新国立は野球場に改築してプロ野球チームの本拠地にすることを提案したり、40年の幻の東京五輪の開催予定地で、すでに多くの施設を有する駒沢公園での開催を提案したりもしました。
近年の五輪の成功事例があるわけですから、必ず合理的な方向に変えられると思っていました。現実はまったくそうではありませんでした。
こうした経験から学んだのは、自分の知識やネットワーク、僕のそんな意見は「今の日本ではお呼びでない」ということでした。現在の日本のあり方をつくっているのはわれわれ国民です。自分の声が届かない、響かないというのは民主主義のルールの下では、そのやり方、考え方が正解ではないということです。すなわち自分自身に思い上がりがあったということに気づきました。
現在の日本の社会全体は変革よりも安心と安全、そして安定を求めています。ならば、それに応えていくことが民主的ではないか。故に、会社の経営もその方向に舵(かじ)を切り、自分自身も新しい考え方をしなければと思ったわけです。
過去においても、幾度となくあったであろう地球規模の災い、そんな状況を克服し、我が国を支えてきた偉大な先輩たちが日本にはあまた存在しています。大谷翔平選手、佐々木朗希投手も少年時代に大震災を経験し、乗り越えてきている若者です。
僕はスポーツ界の人間として、そんな存在が誕生し続けるその秘密をなんとか解明して、広く社会に伝えていきたいと思うようになりました。
今後は経営者の立場を離れ、これまで以上に自由な視点で物事を考え、さまざまな形で発信できればと思っております。

コメントをお書きください