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ビールの味 決め手はつぎ方

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO61006050R20C22A5KNTP00/

 

広島市中区の重富酒店。店の一角を利用した「ビールスタンド重富」の前には、全国から訪れた客が開店前から列を作る。目当ては、重富寛社長がつぐビールだ。

2012年の開業以来、メニューは生ビールのみで、つまみはない。選べるのは、「一度つぎ」「二度つぎ」「三度つぎ」「マイルドつぎ」「シャープつぎ」の5種類の注ぎ方だ。

「例えばステーキの焼き方にレアやミディアム、ウェルダンがあるように、ビールも好みやその日の気分で味わい方を変えて楽しんでほしい」と重富さん。

「最初の一杯はこれ」と薦められたのは「一度つぎ」。目の前で一気につがれた一杯は、喉の奥までスルスルと入っていく。「プロしかつげない一杯」(重富さん)だ。

提供まで3分かかる「三度つぎ」は、高く盛り上がったクリーミーな泡が特徴的。一度つぎに比べ甘みが増し、同じビールとは思えない味わいに驚く。

さらに「ビールの味が苦手という人も一緒に楽しめるように、と考え出したつぎ方」(重富さん)が「マイルドつぎ」。炭酸と苦みが抑えられた優しい味だ。

「見た目、口当たり、喉越し、この三つの違いが、さらに飲んだときの味わいの違いにつながる。それを生み出すのが、泡切り三年、つぎ八年といわれるビールつぎの技術」と重富さん。

滞在時間はグラスが到着してから20分、オーダーは1人2杯までの制限付き。ビールを堪能するためだけの凝縮された時間だ。

大阪市から訪れたという20代女性は「インスタグラムで見て来た。いつも飲むビールとは違う」。列に並んでいた名古屋市在住の男子大学院生は「ビール好きなので、つぎ方でどう変化するのかを体験したくて来た」と話していた。

サッポロライオンは、全国で展開するビアホール「銀座ライオン」で、つぎ方が異なる2種類のビールを飲み比べできるセットを提供している。生ビールの新たな楽しみ方を提案しようと、昨年11月から販売を始めた。

生ビール黒ラベルを、銀座ライオン伝統の「一度つぎ」と、新たに導入した特殊な注ぎ口で作る泡が楽しめる「パーフェクト黒ラベル」の2種類で提供する。

銀座七丁目店でつぎを担当する佐々木有さんは、つぎ歴12年。「室温や気温、グラスの状態に加え、タンクの残量によってもつぎ方が変わる」と言う。同店支配人の岡本優さんは「つぎ手を指名する常連さんもいるくらい。飲み比べをきっかけに、ビアホールならではの技術を味わってほしい」と話す。

自宅で飲む缶ビールでも同じ体験はできないか。「家庭でも、つぎ方を少し工夫するだけで、いつも飲んでいるビールがもっと豊かになる」と話すのは、キリンビールセミナーで講師を務める後藤沙耶香さん。

後藤さんの指導で、泡をしっかりと立てる三度つぎに挑戦してみた。まずグラスを置いたまま、高い位置から注ぎ、グラス半分くらいを泡で満たす。ビールと泡が1対1くらいになったら、さらに注ぎ、最後は泡を押し上げるようにゆっくり注ぐ。こんもりとした泡がグラスのふちから盛り上がり、見た目も美しい。

泡を立てないように注ぐ一度つぎと飲み比べた。果たして違いは分かるのか。一度つぎは、缶からそのまま飲むのに近い感覚。恐る恐る三度注ぎを飲んでみると、まろやかな味わいでたしかに違う。缶ビールでもつぎ方で変化が楽しめることに驚いた。

後藤さんは「缶から直接飲むビール、グラスにつぐビール、それぞれに良さがある。気分に合わせて、よりビールの楽しさを感じてほしい」と話していた。