https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB091RM0Z00C22A5000000
2000兆円に達する日本の個人金融資産の過半が金利ゼロの預貯金に滞留し、投資に回らない不経済は長らく指摘されてきた。ためしに日本経済新聞の記事検索システム、日経テレコンで「貯蓄から投資へ」を引くと1996年の金融ビッグバン以降、四半世紀にわたって延々言及され続けている。
未完のテーマ、NISAに丸投げ?
自身のアピール通り「銀行出身」かつ「有価証券保有ゼロ」(資産公開資料より)の首相の目には新鮮に映ったかもしれないが、むしろなじみの「未完のテーマ」だ。にもかかわらず、その大目標に挑む道筋についての具体的な言及は「少額投資非課税制度(NISA)の抜本的拡充や、国民の預貯金を資産運用に誘導する新たな仕組みの創設」だけ。NISAは確かに個人の間で人気の非課税投資の器だが、丸投げされても荷が重かろう。NISAを突破口に「資産所得倍増プラン」を展開するなら、考慮すべき論点が少なくとも3つはある。
①制度的問題 恒久化されていない
本家、英国の個人貯蓄口座(Individual Savings Account)にNipponのNをつけ2014年に発足した一般NISAでは株式などへの幅広い投資が可能で、年120万円までは本来引かれる20%強の税金がかからない(非課税期間は5年)。18年にはより長期資産形成向きの「つみたてNISA」(年40万円、非課税期間20年)も加わり着実に利用者を増やしてきた。昨年末の口座数は一般1248万、つみたて518万に達する。
だが、いまだに恒久的な制度ではない。時限立法の延長で現在の一般NISAの新規投資ができるのは来年まで。24年以降は一部積み立て方式を組み込んだ2階建ての「新NISA」に移行する。分かりにくい上に新NISAにしても28年までという期限付きだ。投資期間の長いつみたてNISAでも現状のままなら新規投資は42年までしかできない。相当先とはいえ人生100年時代の資産形成の核が時限立法では心もとない。岸田首相の口からいつまた「金融所得課税」の言葉が出て振り子が戻るかも分からない。
②心理的問題 「怖いからやらない」「やらないから怖い」
①の制度面については政権のやる気次第で対応が可能だろう。今後は非課税期間の恒久化と非課税枠の英国並み拡大(300万円強)を視野に議論が進むとみられる。問題は制度にかかわらず「それでもやらない」人の心理的ハードルの存在だ。2つ合わせて1800万弱というNISA「参加者数」は、実際に口座開設が可能な日本の20歳以上人口の2割弱にすぎない。認知度がかなり高まっても5人に4人は口座さえ持っていないわけだ。さらに口座開設後に実際は投資をしない「不稼働口座」も多い。つみたてNISAでは口座を持つ人のほぼ3人に1人が買い付けを行っていないというデータ(20年末)もある。
日本証券業協会による「証券投資に関する全国調査」からは、超低金利下で投資の必要性を感じつつも「損をする可能性がある」「知識がない」「価格の変動が嫌」といった感覚的な理由で投資に消極的な日本人の姿が浮かび上がる。バブル崩壊のトラウマが消えて投資の必要性に「腹落ち」しない限り、政府がいくら旗を振っても貯蓄から投資への流れができないことは過去四半世紀の歴史が示す通りだ。
③構造的問題 キャピタルフライトにならないために
①、②がクリアされ家計の金融資産が投資へと向かったとしても、日本経済の活性化につながる保証はない。むしろもろ刃の剣だ。家計金融資産のデータは日銀が四半期に1度発表する「資金循環統計」。家計、政府、企業など各セクターのお金の出入りが貸方と借方に分かれてバランスしている性質上、家計の資産の裏には莫大な政府債務が存在する。家計のお金を預貯金の枠から解き放てば従来銀行セクターを仲介に成されてきた政府の借金ファイナンスの構造が揺らぐ。
実際にアベノミクス以後に投資を始めた若者の人気の投資先は米国株だ。足元の円安も相まって家計の資産が海外に活路を見いだし、日本株を素通りすれば証券市場を足がかりにした日本経済の成長戦略は絵に描いた餅に終わる。キャピタルフライトを避けるには結局、日本企業の魅力を高めるしかない――ここでもアベノミクスの「第3の矢」という未完のテーマへとかえってくる。

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