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デジタル「230万人」の虚実 田園都市構想に浮かぶ懸念

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF2258D0S2A420C2000000

 

日本のデジタル政策は構想立案のベースとすべき基本データすら乏しいまま、空回りしてきた。デジタル田園都市にも「いつか来た道」の懸念が浮かぶ。

「大胆な仮説に基づいた野心的な数値目標」。エンジニア、データサイエンティストといったデジタル人材230万人の育成について、政府資料はこう説明している。日本の労働人口6800万人から「バックキャストによるマクロ目標の考え方」で導き出したという。

「バックキャスト」とは、未来のある時点の目標から現在すべきことを逆算する手法だ。日本の津々浦々で働く6800万人にデジタルスキルを波及させる目標をバックキャストすると、330万人のデジタル人材が要る。現在は100万人しかおらず、足りない230万人を2026年度までに育成する。これが「大胆な仮説」だが、研究者らは首をかしげる。

立命館大学の水野由香里教授(経営学)は「分析の軸がぶれている」と疑問を投げかける。バックキャスト分析に用いられた理論のひとつ「黄金の3割」は、もともと企業において少数派が経済協力開発機構(OECD)の教育統計で、加盟38カ国のうち日本とコスタリカだけデータが空欄になっている項目がある。大学でICT(情報通信技術)を学んで卒業した人材の人数だ。2019年のデータをみると、米国は前の年に比べて10%増の9万3810人、英国は同5%増の1万8706人。日本も増えていると想像されるが、国際比較できる定量的データがない。

これは文部科学省の「学校基本調査」が十分に機能していないためだ。工学分野は「機械」「電気」「鉱山」といった旧態依然の分類になっている。

デジタル人材にかかわる「データサイエンス」「コンピューターサイエンス」を履修する学部は分類がバラバラだ。「数学」「電気」「その他」などに数えられ、デジタル分野として切り取れない。同じ国公立のデータサイエンス学部でも、横浜市立大学は「数学」、滋賀大学は「その他」に入れられている。

政府目標の230万人に向けて、文科省は大学と高専から1学年で17万人のデジタル人材を輩出するという。19年に出した人工知能(AI)などを学ぶ大学生を同25万人に増やす計画を焼き直したものだ。17万人でも全学生の約3割の大風呂敷だけにカリキュラムが軌道に乗るのか疑問符が付く。くらい影響力を持つかの研究だ。政府目標はこれにマーケティングの「イノベーター理論」の係数である16%を掛け合わせており、ちぐはぐな印象が否めない。

PwCジャパングループの21年調査によると、日本はテクノロジーの進展に対して「絶えず新しいスキルを学んでいる」と回答した人の割合が7%と最下位だ。年功序列の終身雇用の下で長らくスキルが賃金に反映されにくく、新しいスキルを身につける意欲がわかない実態がある。

〈Review 記者から〉「デジタル」目的化のリスク産業振興から教育、医療まで構想の総花的な枠組みに「デジタル政策はやるべきだが、田園都市と結びつける必要があるのか」(法政大学客員研究員の竹野克己氏)と疑問の声も出る。

先進国に仲間入りして経済成長が踊り場を迎えた70年代末と、バブル崩壊から長期の低成長にあえぐ現在では国民意識も異なる。時代をとらえた明確な理念がなければ、本来は手段でしかない「デジタル」が目的化してしまうリスクがある。