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相続、「遺留分」を取り戻す 期限内に請求、金銭で解決

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO60399120Y2A420C2PPM000/

 

「500万円の遺留分を支払ってほしい」。大分県に住む専業主婦のAさん(58)は今年初め、兄にこんな内容の手紙を出した。

2021年10月、母が亡くなった。父の死後、自宅を売却しアパートで独り暮らしをしており、遺産は預貯金が約4000万円あった。ところが母は「全て長男に相続させる」との遺言を残していた。

兄は「母の近くに住み世話していた自分が全て相続するのは当然」と話した。だがAさんと妹、弟は「自分に都合の良い遺言を兄が書かせたのだろう」と納得せず、弁護士に相談。弁護士は「遺留分を侵害されているので兄に請求したほうがいい」と助言した。手紙を出して間もなく、兄はAさん、妹、弟の全員に「遺留分各500万円を支払う」と伝えてきた。

法律の専門家の公証人が被相続人から聞き取った内容をまとめる「公正証書遺言」の作成件数はコロナ禍の影響もあり、20年には10万件を割り込んだが、21年は再び10万件台を回復した。「特定の相続人に遺産の全部または大部分を渡そうと、他の相続人の遺留分を侵害する遺言を残そうとする人は少なくない」(弁護士の上柳敏郎氏)という。

その場合、公証人は一般的に「遺留分を侵害するため紛争の恐れがある」と注意喚起する。だが遺留分を侵害する遺言でも有効なので、内容を再考しない被相続人はいる。

遺留分は原則、法定相続分の2分の1だ。ただし兄弟姉妹には遺留分は認められず、相続人が父母のみの場合は法定相続分の3分の1になる。法定相続分は相続人の構成によって決まる。相続人が配偶者と子の場合はそれぞれ2分の1で、子が複数ならさらに等分する。遺留分はその2分の1になる。相続人が配偶者と子2人なら配偶者の法定相続分は2分の1、子は各4分の1。遺留分は配偶者が4分の1、子が各8分の1だ。

冒頭のAさんの相続人は子4人なので、法定相続分は各4分の1、遺留分は各8分の1になる。母の遺産が4000万円なら、法定相続分は各1000万円、遺留分は各500万円となる。

遺留分は請求しないと取得できない。相続開始に伴って遺言の内容が明らかになり、遺留分の侵害を知った日から1年以内に請求する必要がある。また侵害を知った日が相続開始のかなり後になった場合でも、相続開始から10年を経過すると請求権は消滅する。

遺留分を侵害された場合、相続人の間で話し合って解決する方法と、裁判所に解決してもらう方法がある。後者はまず家庭裁判所に調停してもらい、それでも解決しない場合は地方裁判所での訴訟となる。相続人同士で話し合う場合もこじれることが多いため、弁護士に依頼することが多い。通常は侵害する人に内容証明郵便で遺留分を侵害されている旨と侵害額(請求額)を伝える。

司法書士の三河尻和夫氏は「遺留分算定の基礎となる遺産額には注意が必要」と話す。被相続人から特定の相続人に生前贈与がある場合、19年7月以降に発生した相続の場合は、相続開始前10年間の生前贈与分を遺産額に加算して遺留分を計算する。例えば冒頭のAさんのケースで、仮に兄が母から生前の17年に800万円を贈与されていたとすると、遺留分計算の基となる財産は相続開始時の預貯金4000万円に贈与分の800万円を加えた4800万円となり、遺留分は各600万円になる。

19年7月以降に発生した相続の場合、遺留分の解決手段が金銭に限定されていることにも注意が必要だ。金銭以外のものを渡すと「思わぬ税金が発生する場合がある」と辻・本郷税理士法人の浅野恵理氏は指摘する。例えば金銭の代わりに土地を渡すと、土地を売却して遺留分侵害額を支払ったとみなされ、土地を渡した側に譲渡所得税が課税されることになる。

遺留分を巡る争いは、被相続人が特定の相続人に遺産の全部または大部分を渡そうとすることに原因がある。「遺留分を侵害しない公平な遺言にすることが大切」(森・浜田松本法律事務所の大石篤史弁護士)だ。特定の相続人に遺産の全部または大部分を渡さざるを得ない場合は、被相続人を被保険者、特定の相続人を受取人とする生命保険の死亡保険金を活用する方法もある。