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テスラ車のように進化する家 米国で挑む日本人創業者

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC147MP0U2A410C2000000

 

ソニー(現ソニーグループ)で新規事業などを手掛け、楽天(現楽天グループ)の幹部だった本間毅氏が2016年に創業した。同社が手掛ける住宅の特徴や今後の事業戦略などについて聞いた。

 

シリコンバレーでも「多くの家が旧態依然」

──どういった経緯で創業したのですか。

「実は、起業したのはこれで2社目です。大学生のときに、仲間と4人でウェブサイトの制作や運営などを行う会社を立ち上げました。いわゆるネットバブルの時代です。約8年間経営した後、他社に譲渡しました」

「03年からソニーで、12年から楽天の米国法人で働きました。ソニー時代の08年から米国西海岸(ベイエリア)に赴任してPSN(プレイステーションネットワーク)の立ち上げに関わった後、米国での電子書籍事業で事業戦略を担当しました」

「ソニーでの経験が買われて、電子書籍事業を拡大しようとしていた楽天から声がかかり、ベイエリアにいたまま転職しました。そのとき、実は電子書籍事業に携わるのは気が進みませんでした。それでも楽天に入ったのは、社用語を英語にし、本気で海外展開をする姿に感銘を受けたからです」

「米国に来て痛感したのが、日本企業の存在感の低さ。しかも日本は少子高齢化で市場は小さくなり、存在感が薄れる一方です。だからこそもっと海外に出ないといけない。そんな問題意識をずっと持っていたので、楽天の海外進出を手伝いたいと思いました」

「楽天時代、米国のさまざまなスタートアップ企業と付き合うようになり、彼らの勢いに圧倒されました。学生時代に創業しましたが、シリコンバレーのスタートアップ企業は、ライフスタイルや社会まで変えてしまおうという気概を持っています」

「そんな彼らの活動をすばらしいと思っていましたが、起業するつもりはありませんでした。考えが変わったのは、今のHOMMAのような事業モデルのアイデアが浮かんだからです」

「シリコンバレーはハイテクの地域でありながら、多くの家が旧態依然としていて、使いにくい。これは米国全体の話でもあります。『Google Nest(グーグルネスト)』のようなスマートホーム向けデバイスがありますが、根本から家を大きく変革するものではありません」

「そもそも、日本に比べて、米国の住宅産業はあまり工業化されていない。例えば、キッチンなどの内装は、標準品があまりなく、家に合わせてカスタマイズする場合が多く、時間もコストもかかります。そこで、技術と家をうまく融合させることができれば、きっと新しいことができるのではないか。そう思いHOMMAを創業しました」

住宅内の機器をアップデート

──思いついた事業モデルというのは?

「デザインや収納、間取りに加えて、(あらゆるモノがネットにつながる)IoT技術を導入することで、家そのものを変えようと思いました。家を建てた後も、ソフトウエアアップデートを通じて常時更新していく。まるでテスラ車のような家づくりを目指しました」

「宅内のセンサーが検知した居住者の動きや所作などのデータをハブ(ゲートウエイ)で集めて分析し、その結果に応じて、ハブが宅内のさまざまな機器を適切に制御する。このとき、どんなメーカーの、どのような機器もハブを通じて制御できるようにします」

「宅内の機器連携だけでなく、センサーなどで検知した住宅の状況を基に、修理や清掃、商品配送、出前といったサービスとも連携させたいと考えました。このコンセプトを我々は『スマートオーケストレーション』と呼んでいます。こうした付加価値を価格に上乗せし、周囲の住宅価格に比べて1~2割ほど高い『プレミアム』帯で販売することを目指しました」

「とはいえ、米国で家を建てようとすると、2、3年かかり、事業としてスケールしません。そこで当初、IoT住宅向けのソフトウエアを開発しようと思いました。ですが、試せる空間がないと難しいと分かり、約1年で方針を転換したわけですやはり、ハードとソフトの垂直統合でこそ、いいものが作れる。かつて電子書籍事業に携わっていたときもそうでした」

「ハードウエアに関しては、工業化が進んでいる日本の住設機器メーカーとタッグを組むことにしました。例えば、パナソニックやヤマハ、アイリスオーヤマ、城東テクノ(大阪市)といった企業です。我々は、宅内機器を制御・アップデートする仕組み、つまりソフトウエアを主に開発します」

──具体的にはどんな取り組みをしてきたのでしょうか。

「まず、シリコンバレーにある築50年ほどの物件を購入し、オフィス兼ラボの『HOMMA ZERO』として改装しました。一定の成果がありましたが、やはり間取りやインフラなどが古い」

「そこで、次に戸建ての新築に挑みました。シリコンバレーの中心部から北西に車で1時間強のところに、新コンセプトの住宅『HOMMA ONE』を20年6月に建てました。高台にあり、サンフランシスコ湾を臨むすばらしい場所です。広さは4000平方フィート(約370平方メートル)で、米国の中でも大きな物件に相当します」

「新型コロナウイルス禍の20年に完成しましたが、設計を始めたのは18年です。そのときから、在宅勤務がさらに進み、家族が過ごす時間が増えると予想して設計しました。くしくも時代を先取りする形になりました」

「例えば、リビングダイニングの一角にパソコンなどの利用を想定したワークスペースを用意し、家族がリビングでくつろいでいる様子を見たり、1階の子供のプレールームを確認したりできます。バルコニーも広くし、椅子に腰かけながら仕事ができるようにしました」

「米国では珍しい靴箱も装備しています。実は米国でも多くの人が、自宅の玄関で靴を脱いでいます」

「技術的な面では、例えば照明操作を自動化しました。住宅に入るとセンサーが感知し、夜であれば通路や居室の照明が自動的に点灯し、いなくなったと判断すれば消えます。玄関の鍵は、スマートフォンアプリから施錠や解錠ができますし、照明の状況の確認やオン・オフも可能です。キッチンにはセンサーによって水が自動で出る水栓を、トイレには全自動の温水洗浄便座を採用しています」

「こうした工夫を盛り込んだので、HOMMA ONEの価格は200万米ドルほどと、このエリアの過去14年間で最も高い値を付けましたが、予想していたよりも早く、販売開始から1週間ほどで売れました。これに手ごたえを感じ、今度はスケールさせようと思い、集合住宅を手掛けることにしました」

次に集合住宅、通信安定性を向上

──それが、22年3月から住人の募集を開始した「HOMMA HAUS Mount Tabor(マウント・テイバー)」ですね。ポートランドを選んだのはなぜでしょうか。

「新型コロナ後、在宅勤務が増えてコストが高いシリコンバレーから、周辺の地域に移り住む場合が増えましたが、コロナ前から土地代が高い、人手不足といった課題があり、シリコンバレーで集合住宅を建てるのは難しいと感じていました。そこで、目を付けたのがポートランドです」

「ロサンゼルスやサンディエゴ、テキサス州のオースティンも検討しましたが、既に土地が高かった。ポートランドはシリコンバレーと時差がない、若者が多い、文化が成熟しているといった理由から選びました。幸運にも、ポートランドのダウンタウンから東に車で10分ほどの閑静な住宅街に広めの土地が売りに出されていたので、そこに決めました」

「HOMMA HAUS Mount Taborは、『タウンハウス』と呼ばれる形態の住宅で1棟に複数戸あります。壁を共有していますが、2階建ての一軒家のようです。6棟、合計で18戸建設しました。広さは各戸、約1150平方フィート(約107平方メートル)で月額3000米ドル程度と、近辺に比べて1~2割ほど高い賃料にしました」

──HOMMA HAUS Mount Taborで新しい試みは?

「HOMMA ONEに導入した技術を基にしていますが、通信の安定性を中心に、いろいろとアップデートしています。例えば、各戸のハブ(パソコン)とセンサーなどの機器をつなぐ無線を『Z-Wave』から『ZigBee(ジグビー)』に変更しました。これにより、メッシュネットワークが安定しました」

「Mount Taborでは、センサーとダウンライトの合計で1戸当たり60個を利用しています。センシングによって自動で照明を制御するので、スイッチをほとんど使いませんが、着脱可能な壁側の照明スイッチもZigBeeでハブと通信しています」

「室内やバスルームの主要なLED(発光ダイオード)照明と無線照明制御システムにはアイリスオーヤマの製品を利用しました。ハブを通じて、同システムに指示を出します。キッチンの照明には、オランダ・フィリップスの『Hue(ヒュー)』を採用しました。ハブとは(近距離無線通信の)Bluetooth(ブルートゥース)で接続しています。こうしたさまざまな製品や無線技術を一括して利用できるのが我々の制御システムの強みです」

プラットフォームを外部提供「いずれ日本でも」

──事業モデルはどうでしょうか。今までのように自ら住宅を造って売るだけですか?

「ONEやMount Taborといった、我々が手掛ける物件は、『フラッグシップ』として1年に1つというペースで立ち上げていくつもりです。まだ詳細を話せませんが、次の計画も決まっており、土地も取得済みです」

「ここで培ったソフトウエアやノウハウをプラットフォームとして、外部のホームビルダーやデベロッパーにライセンスし、事業をスケールさせたいと思っています。ライセンス事業は米国から始めますが、いずれ日本でも展開したい。10年後には、何十件単位のコミュニティー全体も手掛けるつもりです」

──住宅業界や建設業界などは、よく保守的だと言われますが、これらの業界に対して、どうやってHOMMAの技術を広げていくのでしょうか。

「まず、ライセンス先をサポートする体制を充実させるつもりです。次に、我々のプラットフォームを活用することで住人の満足度が向上し、かつ販売価格や賃料を高くできることを証明して採用を促したいと思います。まだ2つのプロジェクトを終えた段階ですが、手ごたえを感じています」

「私も、現場に指示を出すべく、ほぼ完成したMount Taborに実際に住んでいます。手前味噌ですが、そろそろ2カ月住んでいることになりますが、快適そのものです。たまに自宅に帰ると、照明をオン・オフするのが面倒で仕方ありません(笑)。一度快適さを味わうと、もう元に戻れませんね」

本間毅(ほんま・たけし)氏
1974年鳥取生まれ。中央大学在学中の97年に、ウェブ制作・開発を手がける「イエルネット」を設立。ピーアイエム(後にヤフージャパンに売却)の設立にも関わる。2003年ソニーに入社し、ネット系事業戦略部門やリテール系新規事業の開発を経て、08年5月から米西海岸に赴任。電子書籍事業の事業戦略に従事した後に、楽天に入社。12年2月に同社執行役員に就任し、デジタルコンテンツのグローバル事業戦略を担当した。退任後、16年5月にシリコンバレーでHOMMAを創業し、現職。米カリフォルニア州サウスサンノゼ在住。