· 

移動力と接続性(上・下) パラグ・カンナ著 気候変動の促す移住と文明

国としての日本の歴史を考えると、日本人の古来の習慣に外国人がなじむには抵抗があると信じられてきた。しかし、著者のカンナは、外国人の大量移住に門戸を開いたすべての国の中で、人間とあらゆる種類のテクノロジーが共存する生活実験の場となったのは日本だけだと強調する。日本語の壁は厚いと考えられてきたが、近い将来に携帯電話に会話翻訳機能が載せられ、車が無人運転になれば、日本は世界中の人間の移動と新環境への接続において問題がない国となる。

 

地政学的な疑念は、今回のロシアによるウクライナ侵攻のように、各国の武力信仰によって力で解決されがちだった。しかし気候変動の現実は、不安定な政治を変化させる要因となるだろう。海面上昇によって移動を余儀なくされる南の人びとは、ロシアのシベリアを無人の野から新たな住宅地や工業地帯に変貌させる原動力になるかもしれない。

 

大きな文脈でいえば、文明1.0では遊牧と農業が主であり、人間の存続は環境に委ねられた。文明2.0では、人類が定住して工業に携わるようになった。そして文明3.0では、移動接続性と持続可能性が高められ、全体として人類は、内陸部の高地や広大な北の土地に移動するだろう。この著者の考えは、かつて英国の歴史家トインビーが述べた「頭が大文字Cの文明(Civilization)」を思わせる。そのなかにある個々の「頭が小文字cの文明」が分断されていても、政治や科学の実践で乗り越え進歩していく力こそ、文明3.0の内実ということになる。

蒸し暑い欧州の夏を逃れて冷房完備の消費生活を営むためにドバイ(アラブ首長国連邦)で避暑し、翻訳機械で英語をもはや苦にしない人々のホスピタリティと暖房完備の日本で避寒する国際移動は今以上にありふれた現象となる。しかし、文明3.0を成功させる科学の実践は成功したにせよ、ウクライナ戦争を見ると頭が小文字cの文明の寸断を克服するには時間がかかりそうだ。ウクライナ人の苦しみを和らげる文明論的なシナリオを考えるためにも、日本人が参考にすべき書物であろう。