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「強い円」は企業が創る

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO60241680S2A420C2TCR000/

 

4月初旬、フランス山岳地のスキーリゾート。米投資銀行が企業にM&A(合併・買収)を助言する世界の担当者を集め、ロシアのウクライナ侵攻で暗雲が垂れ込める企業再編の動向を分析している。議論の結果、こんな読みが浮き上がった。「日本企業は買い手として存在感を示すだろう」

 

日本企業は資金の余裕がある。上場企業の株式時価総額に対する手元資金の割合は、昨年9月末で25%。6%しかない米企業はもちろん、12%にとどまる欧州やアジアの企業を大きく上回り、さほど借り入れに頼らなくてもいい。

日本企業による海外企業の買収は2018年の1777億ドル(約23兆円)をピークに減ってきた。だが、「パイプライン」と呼ぶ仕掛かり案件はその分蓄積している。3月末に2700億円を投じてスウェーデンの農機用タイヤメーカーを買収すると発表した横浜ゴムも、会議で話題になった。

いまの急激な円安には、見逃せない視点が2つある。まず一過性ではないことだ。「動かぬ円」とは名ばかりで、円相場は21年初の1ドル=102円から同年末の115円まで静かに、だがほぼ一方的に下落した。次に円とともに日本株も売られたことだ。外国人投資家は21年5月以降、同10月を除く全ての月で日本株を売り越した。

為替相場は長期的に、他国との国力の差を映す。円安の背景にある1つが海外マネーによる日本企業への失望だ。日本企業が信認を取り戻せば「日本売り」が終わるだけでなく、強くなった円で海外企業を買収し、成長を目指す企業も現れるだろう。

 

 

 

いまこそ振り返るべき人物がいる。1995年に米国の財務長官に就いて以降、「強いドルは国益」という発言を繰り返して米経済を成長に導いたロバート・ルービン氏だ。同氏は成長シナリオの中心に企業を位置づけていた。

「強いドル」といっても、人為的なドル高への誘導ではない。為替相場はあくまで結果であり、経済や通商政策の道具に使わないと議会で約束した。

 

財務長官だった99年までの間、この時期に育った米企業は、いまもマネーを引き付けてドルの信用を守っている。新型コロナウイルスが広がった2020年1~3月、景気刺激策による財政悪化を恐れた外国人投資家は米国債を年換算で1兆ドル以上も売った。ドルが暴落を免れたのは、コロナ後の勝ち組と目されたIT企業「GAFAM」を中心とする米国株に、米国債売りを埋める大量の買いが海外から入ったからだ。

改革を先送りすれば、海外マネーは異なるかたちで日本を目指すだろう。円は実質実効為替レートで50年ぶりの安さだ。激安になった日本企業は買いたたく標的になる。企業は自発的ではなく、追い込まれての改革を迫られる。東芝の迷走と外国マネーの関心にその兆しはある。惨めな日本買いで円安に歯止めがかかっても、「強い円は国益」とは言えない。

多くの企業が原材料の輸入コストを押し上げる円安の是正を訴えている。底力もみせてもらいたい。円売りを止められるのは政府や日銀だけではない。為替水準を決めるマネーが目をこらしているのは、日本企業自身が成長にこだわり、「強い円」を創れるかだ。