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入社した日に「退職届」 独立意識させ 成長促す

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO60182620R20C22A4KNTP00/

 

「私は本日、面白法人カヤックを下船し、私のいかだで独り、船旅に出ると決めました」。ゲーム制作・企画会社カヤックが4月1日に開いた入社式。新入社員の石谷歩実さん(22)は、社名にちなんで「退職」を「下船」と置き換えて「退職届」を読み上げた。

入社初日の退職届。もちろん本物ではない。同社では2019年度から新入社員全員が入社時に退職届を書いている。どんな仕事をしてどう成長していきたいのか。退職というゴールを意識させ、そこから逆算してキャリアの積み方を考えさせる。

定年退職を想定する新入社員はまずいない。石谷さんは「本気で会社を5年で辞めるつもり」と話す。退職届に「コットンファーム(綿花農場)を開業する」と理由を記したが、それは本当の目標だ。さらにその先に、地球環境にやさしい自給自足型の地域経済圏を築く大きな夢がある。そのために筑波大学で農業を学んだ。カヤックに入社したのは同社が地域通貨事業を手掛けているから。「経済活動の基盤となる地域通貨の知識を学び、実践を積み、夢の実現に生かしたい」

新入社員の退職届は法的拘束力もないし、その通りに辞める義務はない。定年まで勤めてもよい。ただ会社は社員に独立開業を推奨している。かつて民間調査「20代が成長できる企業ランキング」で1位に選ばれた実績もあり、大きな仕事に関わる機会はいくらでもある。

健康機器大手のタニタも昨年から、新入社員に終身雇用以外の道もあると積極的に伝えている。同社は17年に正社員に個人事業主として独立してもらい、会社と業務委託契約を結ぶ働き方を導入。

経営トップは毎年入社式などで新入社員に祝辞を伝える。例年「ともに会社を支えていこう」「末永く活躍してほしい」といった言葉が並ぶが、今年異彩を放っていたのは日立製作所・小島啓二社長のスピーチだ。

「皆さんが社会課題を解決する仕事を見つけ、さらには作り出し、その中で成長して輝くキャリアを形成していただくのは私の願いです。ある人は日立で仕事をした後に、日立の外にすべきことを見いだすかもしれません。それもまた素晴らしいことだと思うのです」

中途退社も否定しない確固たる思いがにじむ、異例の祝辞だ。実は日立製作所は入社式という呼称をやめ、21年度以降は「Career Kickoff Session」と呼んでいる。4月1日は日立製作所社員としての初日ではなく、社会人としてキャリアを歩み始める初日という位置づけだ。

三井住友海上火災保険は今後、出向・副業の経験を課長昇進の条件に加える。1つの組織の中で働くだけでは仕事に必要な多角的な視点が身に付きにくいと考えた。同社のように考える企業は今後広がるはずだ。自分のキャリアを会社任せにしてはいけない。転職はしなくても、社内外で自分を磨く意識を持つことがこれからの若手社員には求められる。