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そうした「社内政治」は現実の経営に影響する。欧米のビジネススクールの組織論では、組織内政治の問題は標準的カリキュラムとして教育・討議される。
社内政治の問題は日本だけでなく、欧米でも以前から社員へのストレスややる気の低下、意思決定の非合理さといった悪影響、またハラスメント事件の背景要因として検討されてきた。他方、社内のコンフリクト(対立)について多様な当事者間の利害を分析し、調整して関係を構築することは、経営者や管理職の重要な役割である。
こうした政治的な能力はうまく使われればコンフリクト解決だけでなくリーダーシップの発揮、社内調整、経営改革などを促し、組織活動を活性化する。あるアンケート調査では、女性管理職でさえ約9割が管理職には社内政治が必要になる、と現実的な回答をしている(図1参照)。今回は組織内政治の働きやあり方に関して、近年研究が進む新たな視点での再検討について論じたい。
米サンディエゴ州立大学のステファン・ロビンス名誉教授によると、多くの定義で、組織内政治は、組織内部で特定の経営者や社員が自己利益を追求するために、組織内の意思決定に非公式な影響力を行使し、行動することであると捉えられてきた。
同僚や上司の自己利益誘導の行動が顕著で、組織内で政治行動が行われていると認識すると、社員の振る舞いや業績に悪影響が出てくると考える。米フロリダ州立大学のジェラルド・フェリス教授らの提唱した「組織内政治の知覚」論という研究視点はこうした議論の代表である。
社員は、私利的な政治行動が社内で起きていると認識すると、ストレスを高め、会社に対するコミットメント(関与)を弱め、組織から助けてもらえないと意識し、会社の発展のために役割以上の行動に自発的に取り組むこと(組織市民行動)をしなくなる。組織全体にやる気の低下、退職率の上昇や、個人業績の低下が起きるとしている。
だが最近では、組織内での政治的行動が、社内のコンフリクト解決や調整によい効果をもたらす現象への関心も高まっている。
スイス・チューリヒ工科大学のヘンリック・フランケ博士らによると、現代の企業では、社内でのイノベーション(革新)推進、テレワーク下でのチーム行動、起業家活動、経営改革などの機会が増えたため、コンフリクトが起きやすくなっているという。その解決や調整に対する政治的な行動や能力の発揮は、会社にプラスの面で効果が期待される。
具体的には、リーダーシップの働きやキャリアでの成功、業績への効果である。リーダーの政治的な調整能力が高いと、社内のコンフリクトにかかわる複雑な関係の構図を部下に明確に見せることができ、その解決からどのような報酬を得られるかも示せる。こうした政治的な調整能力の高い人材は昇進の可能性が高く、キャリアの成功が高くなる傾向があるという。
経営者や管理職、リーダーの調整能力が、重要な「政治的技能」であるという研究が進んでいる。法政大学の木村琢磨教授は、近年の組織内政治における「政治的技能」の国際的研究動向について包括的な整理を行っている。それに従うと、政治的技能とはフェリス氏らが論じるように対人技能の特性であり、相手方の状況をよく理解し、その知識を用いて相手方が自分や組織の目標の成果を高めるように行動させられる、という能力である。
政治的技能の主要素は(1)組織内での社会的な関係や状況に対する洞察力(2)対人的な影響力(3)人脈構築能力(4)自分の誠実さを印象づける能力の高さ――である。政治的技能の高いリーダーは、よい印象を持たれ、関係者との良好な関係を構築し、そこから重要な資源を獲得しやすく、改革も通しやすい。
社内で良好な関係をつくれると、調整能力の高さから昇進の可能性も高まる。よい印象により個人的な職務業績も高くなりやすい。つまり、経営者や管理職が持つ組織内政治での技能の高さは、社内調整において有用である。ただし、政治的技能は地位や職務満足を高めるが、収入増大とは必ずしも関係しないという。
一方、カナダ・マギル大学のヘンリー・ミンツバーグ教授が言うように、組織内政治では経営者や管理職の経験と技能だけが重要なのではなく、その意思のあり方も問題となる。ロビンス氏の指摘のように、組織内政治が個々の経営者や社員の私利私欲のために行われるのでは、従来のような悪弊しかもたらさない。
すなわち、組織内政治が企業の目標に合致するよう、対立の調整を目指したものにできるかが肝要である。米ナイアガラ大学のダーレン・トリードウェイ准教授らの研究によれば、組織内政治の意思を、組織全体目標の達成を志向するように、個々人の目標と連動させながら発展させることが重要であるという。
その際には、米ハーバード大学の故デビッド・マクレランド教授の言を借りれば、組織内政治での権力のあり方は、個人的利益を追求する個人的権力ではなく、他者を助け共有目標のために働く社会的権力としてあるべきだ、ということになる。社内調整はあらゆる企業で求められる政治的行動であり、そこでは、組織目標達成を目指す意思と、それを進める技能と権力のあり方が重要な検討課題となる(図2参照)。
企業統治の議論も、経営者を監視する制度や取り組みだけを論じるのではなく、彼らの意思や権力の行使が個人利益追求ではなく、社会性を持つための条件やどのような経験や技能が必要かを検討すると、より実践的な議論となろう。
ジェンダー論的な経営学の視点から、現在の組織内政治のあり方に対する批判もある。英クランフィールド大学のエレーナ・ドルドー博士らによれば、組織内政治はまだまだ古い男性中心社会のモード(人脈、社交スタイル、倫理観など)で動いている。多くの女性はそれを非生産的、非倫理的でストレスの高いものと感じている。
これは、女性の昇進に対する「ガラスの天井」の一部を成している。社内政治の行動パターンも、ダイバーシティー(人材の多様性)推進の流れに合わせて改善する必要があるだろう。

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