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もがくデジタル庁(1) 「誰が決めているのか」

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO60075290X10C22A4PE8000/

 

政府が鳴り物入りで導入したマイナ保険証。健診データをマイナンバーと紐付けしていつでも閲覧できるなどの利便性が売りだ。ところが4月からそれを使うと3割負担の患者は初診時に21円、再診時は12円が上乗せとなる仕組みになった。

制度変更の詳細が明らかになったのは医師などからなる厚生労働省の審議会で議論が進んだ年明け以降だった。

 

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マイナ保険証の利用を促す厚労省の特設サイトなどにはほとんど書かれていない。3月下旬、ツイッターで「#マイナ保険証」というハッシュタグが拡散して話題となり、一般に知られるようになった。

マイナ保険証自体は2021年10月に本格運用が始まり、22年4月10日時点で820万人が手続きを終えた。人口の6%にすぎず、同保険証が利用できる医療機関も全体の16%と伸び悩む。これから普及を促そうとしていた矢先、政府は自ら出ばなをくじいた。

デジタル庁側に問題意識はあった。

「いったい誰がどこで決めたんだ。あとで問題になりかねない」。制度変更が間近に迫った3月、幹部の間でマイナ保険証の扱いを巡り騒然となった。デジタル相の牧島かれんの下、デジタル副大臣の小林史明が首相補佐官の村井英樹ら首相官邸と協議した。

それでも厚労省はマイナ保険証の普及には病院などの設備投資を後押しする必要があると判断。患者の医療費負担よりも、マイナ保険証を使えるようにした病院が受け取る診療報酬の引き上げを優先した。

 

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国民生活を便利にするはずが、なぜユーザー不在の政策と化したのか――。デジタル庁はデジタル行政の司令塔役を期待され、他省庁への勧告権など強い権限を持つはずだった。それにもかかわらず診療報酬に関する既得権益への配慮が立ちはだかった。

デジタル庁は菅義偉前政権の政治的遺産(レガシー)の一つだ。21年9月の発足時は職員600人のうち3分の1を民間から起用して注目された。この半年で目に見える成果はある。

例えば「ワクチン接種証明書アプリ」は民間出身のエンジニアと官僚の連携がうまくいった。民間委託先との協力が不十分で不具合が相次いだ厚労省の接触確認アプリ「COCOA(ココア)」と比べ欠陥も少ない。開発に半年から1年はかかるのが相場とされるが3カ月ほどという早さで公開にこぎ着けた。

それでも日を重ねるにつれデジタル庁への視線は冷たくなっている。

「デジタル庁がもっと大きな絵を描いてくれるかなという気持ちもあったが、今のところそういう動きもない」。経済産業相の萩生田光一は1月の記者会見でこう言い切った。経産省が独自に社会インフラのデジタル化の工程表をつくると表明した。

デジタル庁の組織問題も露呈してきた。新型コロナウイルス禍で時短営業の協力金の支払いが遅れた反省から着手した飲食店など事業所のデータ整備事業。1月に入札を公告したが、3月になって中止する異例の事態となった。

原因を調査した報告書によると、昨年11月の時点で事業に問題があると分かっていた。「一義的な責任者として判断する者が曖昧だった」ため、結論を先送りし続けて入札の公告に至ってしまったという。

たまたま開発担当者が3月末で退職するなど、事業を見直す機会ができた。問題があるときに中止を建議する責任者がいないことがぶざまな展開につながった。

ガバナンスが迷走しつつあるデジタル庁から民間も距離を置き始めた。ある電機大手は3月末に出向中の技術者を引き揚げ、後任を送らなかった。このままでは持たないとの危機意識がデジタル庁を覆う。

(敬称略)

 

 

国連の世界電子政府ランキングで日本は18年の10位から20年は14位に低下した。日本をデジタル先進国に生まれ変わらせる司令塔になれるのか。発足から半年、もがくデジタル庁の姿を追う。