· 

女性リーダー、経験伝えて J-Win理事長 内永ゆか子氏(上)

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO59974360U2A410C2EAC000/

 

新卒で入社した日本IBMで女性初の取締役になり、定年退職後はベルリッツコーポレーション代表取締役も務めた内永ゆか子さん。IBMに在籍していたときに設立したNPO法人ジャパン・ウィメンズ・イノベイティブ・ネットワーク(J-Win)で、これまで数千人の女性役員候補に教えを授けてきた。女性リーダーを増やすためには「リーダーが充実感や自身の経験をもっと語るべきだ」と話す。

 

――多くの働く女性と接してきて、女性リーダー育成に足りない視点は何ですか。

 

「この5年ほどで女性リーダーを取り巻く環境は変わりつつあります。女性活躍の風が吹き、企業は管理職育成のため研修などに力を入れ、女性を積極的に昇格させています。そんななかで『リーダーになりたがる女性が少ない』という声をよく聞きます」

「背景の一つには本人の自信のなさがありますが、最初は自信を持てないのは当たり前です。リーダーのタイプは一つではありません。強い力で引っ張っていく人、チームづくりが得意な人、メンバーを後ろから支える人。ビジネス全体の枠組みを考えるのが得意なリーダーもいれば、それは部下に任せ、組織をまとめることに秀でるリーダーもいます。あまり型にはめて考えなくていいと感じます」

――自信がないから手を挙げないという構図ですね。ほかにも背景はありますか。

「もう一つの理由は、組織の上に行くことが、どんなに面白いかを知らない女性が多いことです。知っていたら、難しそうだとしても挑戦してみたいと思うでしょう?」

「会社という組織の中で多くの社員たちを巻き込み、自分の思いを実現できることは素晴らしい体験です。でも『出世を目指します』と宣言することは、ともすれば『えげつない』と言われます。特に女性はそう考える人が多いのです。しかし、普通は組織で上にいくほど収入も増えるし、権限も、できることも増える。会社組織というのはそういうものです」

――それでも「リーダーは楽しい」という声はあまり表に出てきません。

「多くの人は昇進しても人前では『苦労ばかり多くなって大変だよ』と謙遜します。本当はうれしくて、日々が充実していても、周りへの配慮から、人前ではそれを出さない。しかし、男性は内心を分かっている人が多いのです。一方、女性は『大変だよ』という言葉を真正面から捉えてしまう人が多い」

「本当は管理職がその充実感をもっと語るべきです。キャリアを上げることが自分の人生にどんなインパクトを与えるのか知らないのに、女性活躍推進の一環で『キャリアアップを目指せ』と言われても、本人は戸惑うだけです」

「女性の働き方というと仕事と家庭の両立ばかりに目が向き、『出世は楽しい』という視点が足りないように感じます。一般社員でも苦労も悩みもあるのだから、それなら組織の上で悩んでみたら? と私は伝えています」

――女性のほうが昇進に消極的であるなど、男女の違いがあるのはなぜでしょうか。

「幼少期の経験やオールド・ボーイズ・ネットワークの存在があるでしょう。幼少期に『いいお嫁さんになりなさい』と言われても『社長を目指せ』と言われる女性は少ない。せいぜい『女性も自立してずっと働く時代よ』と言われる程度でしょうか」

「オールド・ボーイズ・ネットワークとは男性が歴史のなかで築き上げてきた慣習やルールを共有するネットワークのことです。男性は男性上司に飲み会などに気軽に誘ってもらえて、本音を聞いたり、様々なことを自然に指導されたりする一方、女性はどうしても輪から外れてしまうことが多い。上司世代の男性と話すと『出世する意義なんて、言わなくても共通認識だと思っていた』と言われます」

――リーダーを目指さないのは家事や子育ての負担が女性に偏りがちで余裕がない、という側面もありますか。

「もちろん、子育てなどの負担が女性に偏りがちなのも要因です。日本の女性は完璧を目指しがちです。仕事を頑張る人ほど、家のことも真面目にやろうとして疲弊してしまいます。家電や家事代行などプロの力を借りて力を抜くこと、それに罪悪感を持たなくてもいいことをもっと示す必要もあるでしょう。男性の家事・育児参加が重要なのは言うまでもありません」

――もっと上から下へとリーダーのキャリアが語られる必要がありますね。

「私が長年勤めたIBMは『Give back(ギブ・バック)』の精神を大事にしていました。自分の力だけでキャリアを積めたわけではない、チャンスをもらい多くの人に助けてもらったのだから、それを次の世代に返すのは義務だという精神です」

「私が管理職になって米国のIBMに仕事で出向いたとき、女性役員が面会の時間を割いてくれました。秘書には忙しいと懸念を示されましたが、『どうせお昼を食べるんだから、ハンバーガーでも買ってきて、一緒に食べながら話しましょう』と。J-Winの活動の根本にもギブ・バックがあります」

――ロールモデルや目標ができると女性たちの意識は変わりますか。

「J-Winでは企業から送り込まれた女性管理職候補が1年間のプログラムに参加します。やる気はある女性たちなのですが、役員まで昇進したいと考えている人は最初は半分以下。講義や活動を通じてさまざまな刺激を受けることで、9割くらいは企業のリーダーを目指そうという意識に変わります。やはり取り組みは大事だと実感します」

――企業や経営者の女性活躍推進への本気度についてどう思いますか。

「企業経営者と話す機会がよくあります。海外経験があるトップも多いので、『海外では女性が生き生き働いているのに、帰国すると何か違うんだよね』という問題意識を持っている人は多く、対策を真剣に考える経営者が増えていることは喜ばしいことです。投資家や学生の目も厳しくなっているので、改革をしない企業はすぐに行き詰まるのではないでしょうか」

子供の頃から目立つ存在
うちなが・ゆかこ 1947年香川県生まれ。71年東京大学理学部卒、日本IBM入社。95年に女性初の取締役に就任後、常務取締役、取締役専務執行役員などを歴任。07年にJ-Winを設立し理事長に就任、企業のダイバーシティ&インクルージョン推進支援活動に力を入れる。
 子供の頃から背が高く目立つ存在だった。「上級生の男子にはからかわれましたが、同級生の女子からは『女性が学級委員をやってもいいわよね。ゆか子さんやってよ』と推薦されました」

お薦めの本

「自由からの逃走」(エーリッヒ・フロム著)

学生時代からの人生の指針です。自由を謳歌するのは大変なこと。何かに服従するのではなく、自分で考え、自分の価値観を持ち、自分で行動して、自分で責任を取る大切さを考えられる本。