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ロンドン、美食の街に進化 英国

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO59943070T10C22A4EAC000/

 

世界のレストランを評価する仏ミシュランの星の数を国別に合計すると、欧州では食の都パリに次ぐ2位で、米ニューヨークを上回る。世界のマネーが集まる国際的な金融都市は、美食家の舌を魅了するレストランがしのぎを削る場所となっている。

 

「ロンドンで一番予約が取りづらいレストラン」。こう言われるのが遠藤和年さん(49)による「Endo at the Rotunda」だ。2019年の開店以来3年連続でミシュラン1つ星を獲得した。2カ月分の予約をオンラインで受けるが、受付開始からわずか2分で延べ800席が全て埋まる。

知人のつてで依頼し、建築家の隈研吾氏がデザインした洗練された内装。客席はコロナ禍で5席減らしてカウンター10席のみとし、より細やかな接客ができるようにした。遠藤さん自ら足を運んで吟味した英国やスペイン産の鮮魚、日本の食材などを組み合わせ、ストーリーを説明しながら1品ずつ提供する。客単価は300ポンド(約4万8千円)程度と値が張るが、味と体験を求める客が絶えない。

「ロンドンには良いシェフがたくさんいると世界で話題になっている。ハイエンドのレストランの多さでは世界で随一だ」と遠藤さんは語る。直近のミシュランの星の数を都市別に合計すると、1位は東京で2位はパリ。京都と大阪を挟んで、ロンドンは香港と並ぶ5位だ。

遠藤さんはもともと、神奈川県のすし屋の3代目だった。スペインでの大使公邸勤務などを経て、東京・元麻布の会員制すし店を任されていた。そこに何度も足を運んでいたのが、ロンドンでレストランを経営するドイツ人だった。スペインで遠藤さんの味に出会い、ほれ込んでいた。「ロンドンはこれから必ず食の都になる。日本食のレベルをもう1段階上げたい」と経営する店に誘われた。

07年当時のロンドンにはそれほど有名レストランは多くなく、興味はなかった。だが「ロンドンに本物の日本の味を」というオーナーの熱意に押されて、周りの反対を押し切って渡英、ニューヨークや香港の支店立ち上げにも携わった。自分の店を持ちたいという思いが強まり、19年に独立した。

ドイツ人店主が予見した通り、ロンドンにはこの10年ほどで著名レストランが増えた。日本食のほか、メキシコ料理、英国やフランスを掛け合わせた多国籍料理など、様々なレストランがこの数年で相次ぎミシュラン入りしている。

世界からマネーが集まると同時にフランスやイタリアの高級ワインも集まるロンドンには、高級レストランが育ちやすい素地があった。04年に欧州連合(EU)が拡大し、大陸からシェフも入ってきた。世界の美食家が注目するランキング、「世界のベストレストラン50」を主催するのも英国の出版社だ。

日本をはじめ少なからぬ国の人が、英国の料理はまずいという印象を持っている。05年には、フランスの故シラク大統領が「まずい料理しか作れない国の人間の言うことなど信用できない」と発言して物議を醸した。

そもそもなぜロンドンが「料理がまずい」と思われているのか。諸説あるが、19世紀にかけて産業革命が進む中で家庭で料理をする時間がなくなったことが一因とも言われる。世界に植民地支配を広げ、飢饉(ききん)もあったビクトリア朝時代に、質素であることが良しとされたためという解説もある。

だが実際は、英国の食生活は年々豊かになっている。スーパーにはスペインなどから輸入される新鮮な野菜が並ぶようになった。日本を含め世界の調味料や食材も手に入る。料理がまずいというのはもはや、過去の話になりつつあるのかもしれない。

EU離脱を機に国際社会での影響力を高める「グローバル・ブリテン」を掲げる英国。ロンドンの盛況なグルメ事情は、英国が持つ新たなソフトパワーの1つと言えるかもしれない。単一市場を抜けた英国がもくろみ通りに繁栄できるかどうかを見極める意味でも、ロンドンのレストランブームからは目が離せない。