https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC070YQ0X00C22A3000000
プリンスホテルが長年続いた事業モデルから脱却するため、新体制で再出発する。4月1日付でホテル運営の新会社に移行し、本部が運営ノウハウを集約して高める組織に改める。
「4月1日は新たなプリンスホテルの船出の日だ。各施設の総支配人がグローバルな意識を持って社員をリードしてほしい」。プリンスホテルの小山正彦社長は2月中旬から、売却の対象となったホテルに足を運び、総支配人らを鼓舞した。西武HD傘下でホテル事業を担う新会社の「西武・プリンスホテルズワールドワイド(SPW)」を設立し、新体制での再起を誓った。
西武HDは2月10日、国内のホテルやスキー場など85施設のうち31施設をシンガポール政府系ファンドのGICに約1500億円で売却すると発表した。新型コロナウイルス禍で苦境が続くなか、資産を持たずに経営の効率を高める「アセットライト」戦略を軸にする。
カギ握る4部署
売却対象となった施設には「苗場プリンスホテル」(新潟県)、「ザ・プリンスパークタワー東京」(東京・港)など代表的な施設も含まれている。施設を所有し運営も担っていた従来の方式と違い、施設の固定費などを負担せずに受託による手数料を得る。運営力に磨きをかけようと4つの部署を新設した。
その一つが「セールス&マーケティング部」だ。これまで各施設で考案していた宿泊者向け新商品の考案を本社で支援する。「スキー宿泊」や「ワーケーション」など時代のニーズに応じた商品開発はプリンスホテルが得意とする分野だ。赤松衛一執行役員は「従来は施設ごとにバラバラで、ノウハウの共有もされていなかった」と説明する。
今後は各施設の商品開発や全施設共通のキャンペーンなどを増やして「本部が各施設をバックアップする側面を強化する」(赤松執行役員)。
採算とれず閉館も
今後、施設の減損や固定費の多くはオーナーが背負うこととなる。プリンスにとって経営上のリスクは減るが、市場や業界の評価は手厳しい。
「31施設で1500億円は安すぎる、と業界でも衝撃が走った。プリンスのオペレーターとしての実力が不安視されているのでは」。ある大手ホテル幹部はこう分析する。プリンスでは、採算がとれず閉館する施設もあった。三菱UFJモルガン・スタンレー証券の土谷康仁シニアアナリストは「(所有する東京の)品川再開発などを考慮すると更なる資本蓄積が必要だ」と指摘する。
運営受託は、外資系ホテルチェーンなどでは既に一般的だ。SPWは、10年以内に国内外で250施設の展開目標を掲げる。現在の約80カ所から運営受託方式により施設数を増やす計画だ。
優秀な人材の獲得のため、キャリアパスも大幅に見直す。同社が20年に新設した宿泊特化型の「プリンススマートイン(PSI)」では、総支配人を30代の女性社員らが務める。40~50代の総支配人がホテル業界では一般的ななか、今後はフルサービス型のホテルでも広げる方針だ。
プリンス、世界水準に「出遅れ」
プリンスホテルは海外に事業領域を広げるが、外資系チェーンとの差は大きい。米マリオット・インターナショナルは世界で約1億6000万人の会員組織を持ち、米ヒルトンは1泊10万円超の最高級ブランドを国内でも広げている。国内の星野リゾートは「星のや」「界」などブランドを確立し新型コロナウイルス禍でも高稼働を維持するなど、競争環境は激しい。
品川や軽井沢は再開発へ
西武ホールディングス(HD)が発表した31カ所の売却施設には、東京の品川・高輪エリアや長野県の軽井沢など創業以来の中核と位置づけるホテルは含まれなかった。後藤高志社長は「(コロナ禍の)行動変容も踏まえ、再開発につなげたい」と強調する。
その主な手法は、山林や原野を格安で購入し、別荘地や観光地として開発を手がけて価値を増大させることだ。高度経済成長期には土地の担保価値も大幅に上昇し、鉄道を含めた西武グループ全体の成長原資となった。
土地を所有するからこそ周辺一体の開発ができ、スキーやゴルフなどレジャーを大衆文化として根付かせる功績も生んだ。だが90年代に入り、バブル崩壊を迎え地価が下がると成長の原動力も下火になった。グループ全体で巨額の有利子負債を招き、その後の再編へとつながった。
その頃既に世界のホテルチェーンでは、90年代以降に所有から運営を受託する方式への切り替えが進んでいた。一方、プリンスは西武HDとして組織再編後も、不採算施設の売却などは進めたものの、慣れ親しんだ所有型のホテル運営からは転換しなかった。
採算性が一段と課題に
運営受託ならではの難しさもある。所有型では、環境変化の際にもオーナーの意見に左右されず、迅速な意思決定を進められるという利点がある。受託型となれば、オーナー側が従来以上の採算性を求めるようになることも想定される。
50室程度で富裕層が貸し切り利用できるような「スモールラグジュアリー」もその1つだ。こうした分野に参入するには、プリンスホテルが高級ブランドとしてのブランド力を確立し、客室平均単価(ADR)を引き上げられるようにならなければいけない。
プリンスは国内ホテルとして最大級まで押し上げた所有型との決別の先に、世界水準のホテルチェーンへの飛躍を見据える。新型コロナの長期化やロシアのウクライナ侵攻など世界の観光市場の不安要素は大きい。観光に依存しない新需要も掘り起こし続けながら、実績を積み上げるしかない。
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