https://www.nikkei.com/article/DGKKZO58995270R10C22A3TM5000/
これは、SNS(交流サイト)で「中国への侮辱だ」と糾弾されるケースが頻発する状況を、中国のネット民が皮肉ったジョークだ。しかし、高級ブランドや広告会社にとっては笑い事ではない。
ある広告会社の幹部は、中国における「美」に関していま何が許され、何が許されないかを予測することは難しい、と打ち明ける。ネットの炎上が不買運動などのネガティブキャンペーンに発展する「キャンセルカルチャー」のコストは、いよいよ増大しつつある。
電通中国の制作部門で最高クリエーティブ責任者を務めるクリス・チェン氏は「常に世間の反応に気を配り、越えてはならない一線を踏まないようにしなければならない」と語る。
菓子メーカー三只松鼠による2019年の広告キャンペーンが最近になって差別的だとされ、中国版ツイッターの微博(ウェイボ)で騒ぎとなった。
ポスターでは、一重まぶたで細い目、短髪の中国人女性が冷麺を持っている。彼女のいわゆる「つり目」が、型にはまった中国への偏見に基づく表現であると批判されたのだ。
「中国への侮辱」という主張が拡散してから数日後に三只松鼠は謝罪し、広告を取り下げた。これは中国の消費者向けに中国人モデルを使って、中国人が制作したものだ。
以前は明確だった、越えてはならない一線が変わった。三只松鼠の例では、上海市消費者権益保護委員会(SHCC)が「主流の」美の基準に合わせるべきだと論評した。委員会は上海市政府の一部門で、消費者の権利侵害を管理し、市場の動向を把握している。
チェン氏は「200万人が騒げば世界は中国すべてがそうだと思うが、実際には人口のごく一部にすぎない」と指摘する。それでも、数百万人の「少数派」が企業に非常に大きな圧力を与える可能性がある。
三只松鼠の事件の数日後、中国共産党系メディアの環球時報は別の炎上を取り上げた。独メルセデス・ベンツグループの広告で「女性モデルの化粧がつり目のように見える」という内容だ。「メルセデス・ベンツのモデルの化粧が物議をかもす」というハッシュタグは1億7千万件に達し、広告は同社のウェイボのアカウントから消えた。
21年11月、ディオールと著名写真家のチェン・マン氏は、三只松鼠のモデルとなった菜嬢嬢氏と同じように、広告写真で中国人の容貌を欧米人の偏見に沿ったように表現したと非難された後、謝罪した。
事業の危機まで引き起こすこともある。
18年、イタリアの高級ブランド、ドルチェ&ガッバーナ(D&G)は、中国人モデルが箸でイタリア料理を食べようとして苦労する動画に、型通りの中国音楽を付けた動画を公開した。これは人種差別的だとして幅広い批判を受けた。
ブランドの中国人アンバサダーは契約を打ち切り、通販サイトはD&Gの商品を削除した。21年になっても、香港の女優カレン・モク氏がD&Gのコートを着ていたためにSNSで攻撃され、謝罪している。米ブルームバーグは21年10月、D&Gの中国での売上高が完全には回復しておらず、2社の危機管理会社を使っていると報じた。
「中国の美」の基準は、ブランドにとって新たな問題になっている。若い消費者は「中国の力になる」意思を示したブランドから買いたがり、いったん中国を傷つけていると見なされれば、そのブランドは簡単に失敗する。
デジタルマーケティング会社ギャブ・チャイナのギャビー・ガブリエル最高経営責任者(CEO)は、三只松鼠の事件の後、ある高級腕時計ブランドがキャンペーンモデルを変えたことを明かす。有名人1人から、容貌や「目のサイズ」が異なる3人のモデルに変更したのだ。「限界を試す余裕があればいいが、どのくらい押し返せるか次第だ。小規模なブランドは、キャンセルされた場合に対処できない可能性がある」
広告会社はリスクを軽減するため、社会調査の手法を活用している。ピンポン・デジタルは、キャンペーンや製品群が中国人消費者にどのように受け止められるかについてグループインタビューを行っている。
DDBチャイナ・グループの最高経営責任者(CEO)マシュー・チェン氏は、消費者の関心とトレンドを調査するために対話アプリ「微信(ウィーチャット)」のグループを利用している。それぞれの社会的集団における意見を、定期的に調べることが非常に重要だとのことだ。
2年前なら「謝罪で危機を乗り切ることもできた」と同氏は話す。しかしSNSが抗議を増幅し、店舗を閉鎖せざるを得なくなる事態も起きている。
三只松鼠のモデル、菜嬢嬢氏もこの状況を嘆く。ウェイボに「私の目が細いから、ふさわしくないのでしょうか。私はこういう顔なので、私が生まれたこと自体が中国への侮辱なのでしょうか」と、中国語で書き込んだ。

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