https://www.nikkei.com/article/DGKKZO58777800U2A300C2MY5000
本書の冒頭で主人公「サクマ」は、バイクメッセンジャーとしてコロナ禍の東京都内の道を走っている。
彼は外の世界を構成する煩雑な手続きや、義務や資格からなるルール体系が理解できない。それをちゃんと守ることで築かれている一般人の日常が想像できない。他者と世間が彼にはブラックボックスなのだ。だから抜け出したいとは思っても、具体的なゴールが何か見いだせないのである。
本書を読んでいると、サクマ視点の描写にどんどん呑(の)みこまれていって、抑制不能の感情に閉じこめられそうになる。それと同時に、コロナ禍の行き場のない苛立(いらだ)ちと、格差社会の理不尽さが、皮膚や筋肉に伝わってくる。知的な思考と真逆な世界の圧倒的リアリティに、ふと良識の無力さを覚えて怯(おび)える。その意味で実に不穏な、挑戦的な小説なのである。

コメントをお書きください