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仮想が現実、溶ける境界 国や企業が新常識競う

https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK15BVR0V11C21A2000000

 

VRオフィスに7万人

米不動産仲介会社「eXpリアルティ」で働くシンシア・マッケナンさん(57)の一日はニューヨークの自宅の居間からオフィスへの「出社」で始まる。販促会議の後はセミナーに出席。同僚との雑談を終え「帰宅」のために仮想現実(VR)ソフトを閉じた。コーヒーを飲みほし家庭農園での野菜づくりに。きょう初めての本当の外出だ。

 

こんな働き方ができるのはマッケナンさんの職場がインターネット上の巨大空間「メタバース」の中にあるからだ。

 

ネットやスマートフォンの登場により過去30年で世界は一変した。今、次の変革に向けた大きなうねりが押し寄せている。100年に1度とされるコロナ禍は対面の前提を覆す。「日常生活の大半が仮想の世界に移った」。歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏は社会のデジタル化が従来の常識を超えて進むと説く。

 

コロナはかつてない危機を我々にもたらした。世界銀行によると20年の世界の国内総生産(GDP)は84兆ドルで19年から3兆ドル減。英国一国分の経済が吹き飛んだ計算だがデジタル世界という逃げ場無しでは損失ははるかに大きかったはずだ。

各所で進むデジタル活用はこうした切迫感の裏返しだ。玉川大学の岡本裕一朗名誉教授は「人類にとって革命的な変化。もう前の生活には戻らない」と見通す。

仮想とリアルの逆転はそこかしこで起きる。すでにバーチャル空間にはコーチや世界中のメンバーが集うフィットネスジムが誕生。自宅でも他のメンバーの息づかいを感じながら運動できる。VRでの観光は触覚技術の応用で山登りや釣りの体験すら再現可能だ。

頭脳争奪戦、激しく

リアル社会の常識を突き崩すデジタルの衝撃。次の10年の変革に追いつくには企業も国もこれまでの成長モデルを描き直す覚悟を迫られる。

 

人の取り合いは国も同じだ。デジタルをうまく生かせば世界が直面する人口減の課題をも克服できる。国際通貨基金(IMF)の30年までの予測では、生産年齢人口の縮小は日米欧などの主要国の1人当たりGDP成長率を平均約0.5%下押しする。自国に住んでいなくても世界中の「デジタル移民」に働く場を提供することで経済を拡大できる。

 

「仮想はリアルの一部だ」。米ニューヨーク大学のデービッド・チャーマーズ教授は話す。ふたつの世界の境界は溶け、人々は距離や時間の制約からも解き放たれる。もっとも究極の民主化をもたらすと期待されたSNS(交流サイト)が社会の分断を招いたように想像だにしなかった副作用を生む恐れもある。