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都市と自然とサブカルと ルート16が生むニューライフ 

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD123C00S1A011C2000000

 

鍵は自然、歴史、そして「日常というお祭り」。

ニューライフの舞台を訪ね、その背景を探った。

新たに木を植える「逆開発」

「あ、ゲジゲジっ」。

腐葉土をスコップですくいあげた子が驚いて声を上げる。

「本当だね」と、のぞき込む両親。大きなミミズ。かたつむりの集団。

昔なら身近にいるのが当たり前だった生き物を周りで見つけるたびに、子供らが声を力ませ大人たちを呼ぶ。

埼玉県三芳町の「三富(さんとめ)今昔村」が開いた体験教室「ダンボールでマイコンポストづくり」のひとこまだ。

武蔵野の里山を再生した森を中心に広場、キャンプ場、カフェなどを備え、こうした教室も随時開く。落ち葉から作る腐葉土を段ボール箱に詰めて持ち帰り、家庭の生ごみを入れれば自然分解で堆肥になる。

「ゴミを『捨てる』のではなく、土を『育てる』つもりで続けてください」。係員の言葉に皆がうなずく。

運営する石坂産業は産業廃棄物処理とリサイクルの会社だ。

20年前「危険物質を空中に出しているのでは」との誤解から住民の排斥運動を経験した。

これを機に「地域に愛される会社になる」(石坂典子社長)と宣言、周辺の地主からも土地を借り今昔村を段階的に広げてきた。

今では管理する東京ドーム約4個分の土地の9割が緑地だ。

今橋映子編著「都市と郊外」(NTT出版)によれば郊外には2つの型がある。

一つは大陸型で城壁から押し出された庶民の街。もう一つは英米型で理想を求めた開発だ。日本では両者が混在し、雑多な空間を形作る。

郊外論に詳しい三浦展さんは東京・山の手の拡張を4段階に分ける。

第1は徒歩の時代で本郷周辺。

夏目漱石「三四郎」が描くように東京はまだ狭かった。

第2は路面電車とバスの時代で麻布や渋谷など。

永井荷風や国木田独歩はここを拠点に下町や武蔵野に出かけた。

第3は電車の時代で杉並、世田谷区あたりで駅前商店街が発達する。

第4がマイカー時代で埼玉県所沢市や神奈川県の相模原市など国道16号線の沿線や周辺だ。時々の震災、戦災、公害も郊外化を後押ししてきた。

「東京」が広がるたびに緑が消えた。

しかし「これからは時計の針を戻し、森や田畑を復元する『逆開発』が起きるのではないか」と10年前に出版した「郊外はこれからどうなる?」(中公新書ラクレ)で予測した。鍵は開発前の歴史だそうだ。

実際に、そうした「逆開発」の事例が号エリアで増えている。

「三富今昔村」はその典型だ。広い道路が整備される以前、江戸期に完成した三富新田という農村時代の風景、産業、文化が出発点となっている。

乾いた風土に愛着芽生えて

横浜市の黄金町。

2008年から始まったアートフェスティバル「黄金町バザール」が10月末まで開催された。

空き家や高架下などを活用してアーティストが作品を展示し、鑑賞者は街を歩き会場を巡る。

横浜は一時期まで日本の玄関口だった。

人が集まり雑多な文化が流れ込む中で、一帯には小規模な違法風俗の店が軒を並べていた。

神奈川県警察本部が実施した「バイバイ作戦」によって、違法風俗店舗は一斉摘発。

以降、残った空間を生かそうとアートによる町の再生に取り組み、この種の試みでは全国の先駆例となった。

松任谷由実、小田和正、矢沢永吉。

ベテランのシンガーソングライター勢が、そろって歌で取り上げたのが16号だ。

八王子市生まれの松任谷は「哀(かな)しみのルート16」で、海に続く開かれた道として描いた。

横浜出身の小田も「16号を下って」で、海へ向かう道としての国道16号を取り上げた。この道のもう一つの顔だ。

広島から上京する途中、横浜で下車し伊勢佐木町や野毛かいわいでデビュー前を過ごした矢沢永吉は「レイニー・ウェイ」(作詞・相沢行夫)で横浜と横須賀を結ぶ16号を情感を込め歌う。

湿ったフォークソングとは一線を画すニューミュージックやロックの担い手たちの選んだ舞台が乾いた16号線だった。

東京工業大学教授の柳瀬博一さんは近著「国道16号線 『日本』を創った道」(新潮社)で、「新型コロナでこのエリアの魅力が再発見されつつある」と指摘する。

実はコロナ以前から千葉県や神奈川県などの16号線沿いの自治体は、0歳から14歳に限ると大幅な転入超過だったそうだ。

そこにコロナ禍が起こり、旅行や外食が制限されたため身近な自然や公園に目が向くことになった。

リモート勤務の普及で通勤の制約も減った。「都市が好き。でも自然も好き。人間が持つ矛盾の最適解が、東京圏なら16号沿線なのではないか」とみる。

①「木更津キャッツアイ」のロケ地「中の島大橋」はデートスポットに(現在改修工事中で通行止め)

②「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」の主人公らは千葉市稲毛区の高校に通う 

③「ららぽーと柏の葉」 

④「クレヨンしんちゃん」一家は春日部市の住民 

⑤「らき☆すた」の舞台「鷲宮神社」 

⑥「三富今昔村」 

⑦「角川武蔵野ミュージアム」。同館のある所沢市は漫画「翔んで埼玉」の舞台のひとつで映画もヒット 

⑧松任谷由実さんの実家は八王子市の呉服店。「哀しみのルート16」はCD「A GIRL IN SUMMER」に所収 

⑨「南町田グランベリーパーク」 

⑩横浜市の黄金町は今アートの町に。周辺の伊勢佐木町や野毛山はデビュー前の矢沢永吉さんが過ごした 

⑪小田和正さんの実家は横浜市金沢区の薬局。「16号を下って」はCD「Far East Café」所収